第108話「対決、巨大ミミズ」
俺が作戦を伝え終わると、ティナはイカダを巨大ミミズの正面50メートルの付近まで移動させた。
この距離からはあの巨体でも、明かりが無ければ闇に紛れて何も見えない。ユナは見えているようだが、俺の目は自分の手元も見えないくらいだ。
俺はティナに持続性のごく弱い明かりの魔法を、イカダの周囲と巨大ミミズの頭部に掛けてもらった。
「ティナはこのままイカダを保持してくれ。俺の指示がなくても危険を感じたらすぐに移動するんだ」
俺が指示すると、ティナは無言で頷いた。
「俺とユナとサキさんで氷の矢を撃つぞ。なるべく満遍なく凍らせてしまえ!」
「よかろう!」
俺が狙いを定めて氷の矢を放つと、横並びのユナとサキさんも同時に放った。
50メートル先の的なんて本気で狙った試しがない俺だが、電車くらいもある的なら外しようがない。三本の矢はそれぞれバラバラの位置に刺さり、巨大ミミズの頭部正面を完全に凍らせた。
「ティナ、側面に回ってくれ! もう少し固めておきたい」
巨大ミミズはまだ大人しい。瞬間的に凍ったせいで身の異変に気付いていないのだろうか? どちらにせよ、攻撃のチャンスを見逃せる程俺たちには余裕が無い。
イカダが側面に回った所で、俺たちは再度氷の矢を放つ。これで巨大ミミズの頭部は大半が凍り付いたはずだ。ダメ押しで反対側面にも残りの2本を撃ち込みたかったが、ここでようやく巨大ミミズが凍り付いた頭を持ち上げ始めた。
頭部ごと凍った湿地帯の水が扇状の氷となってへばり付いているにもかかわらず、巨大ミミズは氷の重さを物ともせずに動き出す。その動きは徐々に後ろの胴体へ伝わるにつれてうねる速度を増していく。
俺が指示した通り、イカダは距離を空け始めるが……。
「ミナト! 尻が向かってきよる!!」
一瞬、サキさんが何を言っているのかわからなかった。が、地面を薙ぐようにしなった「ミミズの尻」がイカダに向かって迫っているのが見えた。
イカダは十分な距離を取りつつあったが、尻の先っぽが掠める位置だ。俺は石の壁を作ろうと思ったが、視界いっぱいに迫って来る巨大ミミズの肉壁には意味がないことを悟り、ここで魔法を諦めてしまった。
「受けます!」
隣にいたユナが、俺の体を掴んで腕を付き出した。その瞬間、俺の目の前に平面の肉壁が現れる。俺は一瞬、何が現れたのか理解できなかったが、ユナの腕に嵌められた障壁の腕輪を見て納得した。
目に見えない障壁に押し潰された巨大ミミズの皮膚が変形して、平面な肉壁に見えたのだ。
しかし助かったと思った直後、俺たちは頭の上から大量の泥水を被ることになった。
「うわあああっ!」
「きゃあ!」
魔法の障壁でミミズの尻を受け止めた時、行き場を失った湿地帯の泥水が障壁を乗り越えて俺たちの頭上に降りかかってきたのだ……。
幸い全滅は免れたが、全員ドロドロ、服も装備もグチャグチャになってしまった。
「……少し距離を置いて体勢を整えよう。うわあ……もう、最悪……」
「ああーっ! 腕輪が壊れましたーっ!!」
「壊れるものなのか!?」
なんか散々な感じになったので、俺たちはミミズから一度距離を取った。
「とにかく泥水を流そう。頭と顔だけでいい。砂が目に入ったらどうにもならん」
「そうね……」
俺とティナは魔法の水で全員の頭を洗い流した。タオルなんて持って来てないので満足に拭くこともできない。
「障壁の腕輪が壊れたのは大丈夫か? 腕とか痛みとかは?」
「大丈夫です。腕輪の方はボロボロに崩れてしまいましたけど……」
「使い捨てだったんかの?」
「かもな。まあ銀貨8000枚で助かったんだから安いもんだ」
逆に言えば銀貨8000枚が蒸発したんだけど。以前ユナと実験した時、耐久テストと称して障壁が壊れるまで試さないで本当に良かった……。
「……潜ってはいないようだな。次はミミズの背後から魔法の明かりで追い立てよう。ティナはイカダに集中して貰うけど、ミミズの進路がおかしくなってきたら側面に明かりを出してくれ」
「わかったわ」
「私とサキさんは雷の矢を準備しておきますね」
「そうしてくれ」
俺たちのイカダは再び巨大ミミズに接近し、俺は光の精霊石を使って強烈な光を出した。
「眩しいの。目が変になりそうだわい」
「解放の駒を使います。確か闇の精霊石で遮光できましたよね?」
ユナは俺のポケットに手を入れると闇の精霊石を取り出して、それを弱駒の上に乗せた。すると、イカダの回りだけが夜のような闇に包まれる。
闇の効果は随分前にテストして調べておいたが、まさかこんな所で役に立つとは。
自分たちが眩しくなくなったので、俺は遠慮せずに強い光で巨大ミミズを追い立てる事に専念できる。ミミズの方も最初はぐるぐるとその場を回っていたが、やがてせきを切ったかのように村の方角を目指して進み始めた。
魔法の光で追い立てる作戦は上手く行っている……。
時折ユナの指示を受けたティナが側面に魔法の光を出して進路を調整しているのだが、思ったよりも巨大ミミズの移動速度が速い。
「ティナ、もっと速度を出せんかの? 遅れておるぞ……」
「……無理ね」
ティナは最初から古代竜の角の杖を使っているのでこれが限界だろう……。
「ミナトさん、500メートルの目印越えました!」
「ミナト、そろそろ始めい!」
「……わかった。撃ってくれ!」
返事の際に一瞬魔法が途切れたが、俺は再び魔法の光を灯した。光の精霊石はこの数分間で既に10個以上消費している。
何とか形になる500メートルの地点は超えたが、できれば300メートル地点までは誘導して満足な結果を出したいという欲もあった。
ユナとサキさんは雷の矢をつがえて同時に放つ。2本の矢は真っすぐに体を伸ばして移動する巨大ミミズの尻に命中して、辺り一面を青白い放電現象で彩った。
感電した巨大ミミズは尻をビクビクと痙攣させて萎縮させるが、ユナとサキさんはその経過を見守ることなく無言で雷の矢を放ち続ける。
三回目の攻撃、蛇のようにうねりながら動きが止まった巨大ミミズの胴体に雷の矢が命中した時、突然巨大ミミズが勢いよく踊り始めた!
まるで今までのダメージに耐えきれなくなったかのような暴れっぷりを見せる。
「冗談じゃないぞ! あのサイズで暴れるくらいの筋力があるのか!?」
「ミナトさん! もう誘導はいいです!!」
「はよう倒せえっ!!」
俺は光の魔法を取りやめてから解放の駒を仕舞うと、自分の弓で雷の矢を放った。
「なんだこれ? 効いてるのか!?」
「わからぬ! もうやるしかなかろう!!」
俺とユナとサキさんの一斉射撃を受けても、放電を続けたまま巨大ミミズはバシャバシャと水面で暴れ続け、一気に100メートル以上遠ざかってしまった。
いつの間にか300メートルの大きな目印は過ぎている。誘導で頭を悩ましていたのが馬鹿みたいだ。一刻も早く倒さないとサドランたちに被害が出てしまう!!
「この矢で最後です!」
ユナとサキさんは昼間に覚えた遠距離射撃の方法で、有効射程外からの攻撃を当てた。
……雷の矢が無くなった。仕方なく余っていた氷の矢2本を使ったが、胴体の一部が凍ったくらいで止めを刺すには至らない。
「弱ってはいるが……」
俺はユナとサキさんに予備で作っておいた炎の矢を2本ずつ差し出した。イカダも何とか巨大ミミズに追い付いたのだが、ここで俺が射っても状況は変わらないだろう……。
ユナとサキさんは炎の矢を巨大ミミズに向けて放つ。
……大きな炎の玉が消えると、巨大ミミズの体の一部を焼き尽くした形跡が見えた。
やはり生物全般の弱点は火で合ってるのか?
「……ミナトさん、ちょっと……風の矢を作って貰えませんか?」
「風の? いいけど……」
俺はユナの要求通りに風の矢を1本作って渡した。
ユナは風の矢から精霊石の矢じりを引き抜くと、炎の矢に風の矢の矢じりを重ねてから靴紐で固定している。
俺はちょっと嫌な予感がして、ティナに魔法の障壁を準備するよう指示した。
「最後、行きます!」
ユナが炎と風の矢を放ち、その隣でサキさんも最後の炎の矢を放った。
巨大ミミズのほぼ中央に命中したユナの矢は、轟音と共に辺り一面を爆発させた……。
丸くなった巨大ミミズを全て飲み込むような炎は、まるで映画の爆発シーンを思い起こさせてくれる。間髪入れずに俺たちの所にも熱気と爆風が届いた。
ティナが展開した障壁の魔法で直撃こそしないが、後ろの方から回り込んで来る風は息苦しくなるほどの熱風だ。
サドランの小隊は大丈夫だろうか? 村までの距離は俺たちの数倍は離れているはずだが、防御魔法越しでもヒリヒリとした熱さが伝わるくらいなので心配だ。
爆風が収まった時、巨大ミミズは完全に焦げていた。所々まだ燃えているが、それもじきに消えるだろう。
「す……凄いですよ! ねえ見ました? 見ましたよね!?」
「ああ、うん……村まで戻ろう……」
「確認せずとも良いのか?」
「帰りに俺とティナで生命力感知すればいい……」
俺たちは黒焦げになった巨大ミミズの横を通り抜けながら、俺とティナは生命力感知で絶命を確認して……村まで帰投している。
黒焦げになったのは矢が当たった面だけかと思っていたが、爆風に包まれていたせいで裏面までしっかり焦げていた。
これだとエミリアのサンプルは取れないな。水の張った地面に接している面なら無事だと思うが、採取するときにはサキさんが地獄を見そうだ。
肉の焼ける嫌な臭いはしない。炭化した焦げ臭い匂いだけが辺りに充満している。
俺は何だか完全に気が抜けた。
やってはいけない最後の一線を超えてしまったような後悔がある……。
自分で考えた武器の威力にはしゃいでいるユナを見て、サキさん以上の危うさを感じずにはいられなかった。
巨大ミミズの位置は村から200メートル強といった所か。位置的には完璧だろう。
村の方では炎とは質の違う明かりが見える。エミリアが使った魔法の明かりだ。
その後は湿地帯に面する場所、村のあちこちから篝火が燃やされて、俺たちが乗るイカダはその明かりに吸い込まれるように進んで行った。




