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第106話「見た目も大切です」

 サキさんが入って行った大きなテントを見守っていると、暫く経ってサキさんが荷馬車に戻って来た。


「どうなってる?」

「色々説明されたがようわからなんだ。小難しいのはリーダーに説明してくれと返したら、身なりを整えるのでしばし待つように言われたわい」

「………………」


 ヤバい。リーダーがただの町娘の格好では非常にヤバい。きっとサキさんの格好を見てリーダーもゴッツイのが出てくると勘違いされているような気がする。


「エミリア、ちょっと脱げ。お前の脇臭い服でも構わん」

「ちょ、嫌ですよ!」


 俺がエミリアのローブを引き剥がしている間にも、周りの兵士の動きが慌ただしくなり、たちまち正規兵の装備に身を包んだ兵士が整列を始めた。

 正規兵の装備は、腹まで覆う鉄の胸当てと鉄兜、手にはロングスピアと鉄の盾を持っている。


「随分と軽装なんだな」

「見た目で判断しない方がいいです。あれは本物の実戦部隊ですよ」


 それなら俺たちだって実戦部隊だ。町娘の格好で文句言われたら見た目で判断するなと言い返してやる!


 俺たちはエミリアも含めて荷馬車から降りると、一番大きなテントの方へと歩いた。

 整列した兵士は何も言ってこない。が、小さな声でボインがどうのこうのとだけは聞こえてくる。恐らくエミリアのことだろう……。






 大きなテントの前に立つと、テントの一番奥に座る隊長らしき人物と目が合った。

 テントの中は大きなテーブルが置かれており、手書きの地図などが散乱している。このテントは隊長室を兼ねた会議室になっているようだ。


「ほう、学院の導師様がリーダーか、これは期待できそうだな」


 隊長らしき男は椅子から立ち上がってエミリアを見ている。椅子から立ち上がると身長は2メートルに届こうかという大男だった。体格も良くてプロレスラーみたいだ。


「すみません。俺がリーダーのミナトです……」


 俺はモジモジしながら遠慮がちに名乗った。隊長は怪訝そうな顔をしていたが、勝手に良いように解釈したのか自己紹介を始めた。


「わしはこの小隊を指揮しているサドランだ。まず初めに質問したい。武装していない者が多いようだがなぜだ?」

「魔法の武器だからあまり見せびらかせたくないのと、巨大ミミズの攻撃に耐えられる防具がないから、諦めて何も付けない事にしたんだが……」


 あまり上手い言い訳が思い付かなかったので、俺は正直に答えた。


「ハッハッハ! 大変結構、極めて実戦的だ。その潔さは良し」


 サドランは大きな手を叩きながら暫く笑っていたが、その顔から笑顔が消えると俺たちの前に依頼書の写しを突き付けた。



「正直に言ってくれて構わん。この依頼書の通りに出来るのか?」

「無理だな」

「依頼内容には従えないが引き受けたのか? 金のためか?」

「もうぶっちゃけるが、いくら報酬が良くても俺たちは引き受ける気が無かった。でも他に任せられそうな奴が居ないと言って話が回ってきたんだ」


 正直に言っても良いらしいので、俺は真に受けて全部喋っているのだが、サドランは特に気にした様子もなく会話を続ける。


「それで、お前たちは何ができる?」

「誘導する努力はするが、勢い余って倒してしまうかもしれん。ただの討伐なら二つ返事で引き受けてた。その方が楽だからな」

「本当に倒せるのか?」

「倒すだけならとうに帰り支度を始めておるわい」


 サキさんの返答にサドランは再び笑うと、現状を説明すると言ってテントを出た。






「わしの部下はここに並んでいる連中だ。全部で二十七人からなる小隊だ。村の奥の方には貴族の御曹司様が控えておられるので、無断で立ち入らぬようにな」


 サドランが持ち上げた手を軽く下げると、今まで整列して微動だにしなかった兵士たちはそれぞれの持ち場に戻って行った。


 それから俺たちはモロハ村の外周に広がる広大な湿地帯の前に案内された。

 村の地面と湿地帯の地面では土の種類が違うのか、村と湿地帯の境目はきれいに分断されている状態だ。

 村側の硬い地面には巨大な弓が数基設置してある。これが攻城兵器なのだろう。

 俺は湿地帯の奥の方を見渡して、巨大ミミズが鎮座する姿を確認した。ただ遠すぎてちょっとサイズに実感が湧かない。


「奥の方に見えるのが巨大ミミズだ。日に日に村から離れて行くのでタチが悪い。ミミズの遥か手前に大きな木の棒が刺さっているだろう? あそこが殺傷射程の限界になる」


 サドランの説明通り、巨大ミミズの遥か手前で大きな木が刺さっているのが見えた。一見大きな木の棒に見えるが、あれが攻城兵器から発射した専用の矢らしい。

 しかし相当遠くまで逃がしてしまっているみたいだな……。


 設置してある攻城兵器はバリスタと呼ぶそうだ。破壊力だけなら投石機の方が上だが、巨大ミミズには刺突しとつが有効なので弓が選ばれたらしい。

 バリスタと呼ばれる巨大な弓の装置は、見た目的にはロマンがあった。


「ユナ、ここからミミズまでの距離がわかるか?」

「これだけ離れていると感覚でわからないですね。バリスタの最大射程はどのくらいですか?」

「標準の矢でおよそ300メートル。最大射程でも矢の重さで威力が乗る。軽い矢を使えば最大で500メートルは飛ぶが、殺傷射程は変わらず300メートルが限度だ」


 ユナの質問にはサドランが答えた。

 という事は、今湿地帯に突き刺さっているバリスタの矢が300メートル地点で、巨大ミミズの位置はさらに倍くらいありそうだから600メートル付近か?


「もう少し日が昇ったら地中に潜り始める。夜になると姿を現して朝まで地表を這っているんだがな。すぐにやるか?」

「いや、あそこまで移動する方法も考えないといけない。どうやって潜るのかも見たいから、動くとしたら夜かなあ……」






 それから暫くの間、俺たちは広大な湿地帯を眺めながら時間を潰していた。

 サドランは仕事に戻ってしまったが、エミリアは巨大ミミズが地面に潜る様子を見たいと言ってこの場に留まっている。

 俺たちはティナが持ってきた朝のチキンバーガーを食べたり、ユナのハーブティーで日が高くなるまで寛いでいたが、遥か遠くでモソモソと動いていたらしい巨大ミミズはいつの間にか地中に潜り始めているようだった。


「潜ってる途中に攻撃したらどうなるんだろう?」

「途中で頭を引っこ抜く事は出来ぬであろうから、暴れながらでも地面に潜り続けるのではなかろうか?」

「そっちの方が厄介ですね」

「恐らくサキさんの言う通りになるでしょう。ミミズは前進しか出来ませんから……私はそろそろ調査を開始します」


 エミリアは巨大ミミズが地中に消え去るのも待たずに何処かへ行ってしまった。

 その後も俺たちは巨大ミミズが地表から消えるまで眺めていたが、そろそろ湿地帯での移動手段を考えないといけないだろう。



「船かイカダを用意するのがいいと思います」

「それはそうなんだが、水深が深い場所と田んぼみたいな場所が交互にあるっぽいよな」

「私の魔法で少し浮かせたまま移動すればいいわ」

「かなりの距離があるし、ティナの魔力が持ちそうかも合わせてテストしてみよう」


 俺たちは廃屋の壁や木の戸をいくつか重ねて作ったイカダを湿地帯に浮かべてみた。


「なんかグニャグニャしてるな」

「イカダの底に骨組みを組まないと厳しいですね……」

「面倒だのう……」


 ティナの浮遊魔法で陸に上げたイカダを補強して、再び湿地帯に浮かべてみる。


「サキさんは鎧を脱げよ。武器も要らんだろう」

「このまま飛び乗るわい。この程度で壊れては戦闘に耐えられまい?」


 まあそうなんだけど。サキさんは完全武装のままイカダに飛び乗った。

 バシャン──水を押し出す軽い音と共にイカダは少し沈んだが、足元が濡れる程度ですぐに元の浮力を取り戻す。



「大丈夫?」

「これは良い。ティナよ、少し動かしてみい。なるべく荒っぽくやれい!」


 サキさんに荒っぽくと言われたティナは、本気でサキさんをイカダから振り落とすつもりで動かした。

 最初こそよろめいたサキさんだが、腰を落として両足を踏ん張りながら耐えている。


「もういいだろう」

「そうね……」

「サキさん、感想はどうだ?」

「この大きさでは二人が限度である。もう少し大きくせねば弓が邪魔になるわい」


 俺たちは再びイカダを陸に上げて面積を広げる改造をした。オールっぽい物も二本作っておく。


「オールは上手く作れんなあ。使ってるうちに水かきが取れるかもしれん」

「ナカミチさんみたいに器用にはできませんね」

「しょうがないか。工具に使えるのはハンドアックスとロープくらいだしな……」


 俺が新調したハンドアックスの初舞台はイカダ工作に使われた。


「ティナの魔力は持ちそうか?」

「大丈夫よ」






 続いて俺は、サドランに頼んでバリスタを動かして貰うことにした。通常の矢の300メートル付近は判明しているが、軽い矢を使った最大射程の500メートル付近をマーキングしておきたいからだ。


「発射の時は危ないから離れておけよ!」


 鉄兜を被ったままの兵士が俺に向けてあっちへ行けのジェスチャーを取る。俺は言われた通りに少し離れて観察することにした。


 バリスタの発射音は、重く鈍い音と風を切るような軽い音を同時に立てる。上空に向けて発射された矢は弧を描くように飛距離を伸ばして着水した。

 あそこが約500メートル……巨大ミミズが鎮座していた場所には届かない。


「そうか、斜め上に向けて射れば飛距離が伸びるんだな……サキさん、弓と普通の矢を持って来い。最大射程のテストだ」

「うむ」

「鎧も邪魔だから脱いでこい」



 暫くバリスタの近くで待っていると、鎧を脱いだサキさんがカスタムロングボウ四張と矢の束を一人で抱えてきた。

 良く一人で持ってこれたな……。


「各自の弓で何処まで飛ぶのかテストしてみよう」


 俺たちは色んな角度を付けて矢を放った。結果的に俺とユナは最大で300メートルにあと一歩届かず280メートル程度、同じ弓でもティナだと240メートルくらい、サキさんの大きな弓は軽く400メートルを超えるほどの射程があった。


「こんなに飛ぶものなんだな」

「普段はこういう射方をしないので知りませんでした」

「でも勘で狙うのは難しそうよ」

「この方法は狙撃向きじゃないな。魔法の矢が不発したら周りに迷惑だから、今回はこの射撃法を使うのはやめておこう」


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