光の提案
名前は白川瞳子、赤間守と同じ年齢で同じサークルに所属している。学部や連絡先など、みちると教授の間で起こっていたことを全く知らない大地はぺらぺらとしゃべってしまった。
「そうだ。正樹のことは覚えているか、光」
「覚えてる。鉄道模型に生まれ変わって、リサイクルショップで売った」
「あいつうちにいるよ」
それまであまり表情の変わらなかった光がびっくりしたように目を見開いた。
「会いたいか?」
「いや、別にいい。どうせ僕はまたいなくなるから。僕がいなくなった後、守という人格に体を返すよ」
「いなくなるって、お前また死ぬのか」
「そうだよ。もう復活しないよ。ただ、犠牲者は出すけどごめんね」
「犠牲者?」
大地は問い返したが、光はそれ以上しゃべらなかった。それからしばらくして、もうついてくるなと言わんばかりに大地を廊下へ置き去りにして一人でどこかへ行ってしまった。
置き去りにされた大地は自力では動けない。みちるの迎えを待つしかない。いつになったらみちるは来るのだろう。じれったい、テレパシーでも使えたらいいのにと思った。
(みちる、俺はここにいるぞ。光の母親のことも知っているぞ、だから早く来い)と念じたその時そばを歩いてきた人物がいた。まさかのみちるだった。
「俺ってもしかしてテレパシー使えたのかな」
「何言ってるの。ノートのくせにそんなことできるわけないでしょ。そんなことより光はどこに行ったの」
「知らない。俺を置いてどこかに行った。そうだ、光の母親の生まれ変わり瞳子なんだってさ。光が言ってた」
私は驚きのあまり声が出なかった。さっき、教授に光の母親の生まれ変わりを、光より先に見つけて光の目の前で殺せと命じられた。もう光は自分の母親が誰か知っている。おそらく探しに行ったはずだ。でも瞳子の連絡先などの情報はまだ知らないだろう。だからまだ、後れを取っていないはず、と思ったその瞬間、
「そうそう!俺瞳子について知ってること光に教えたから!あいつ母さんと幸せに暮らしたいんだろう?さっさと出会えた方が光のためだからさ」
「な、何してくれるのよこの馬鹿!」
「何か問題あるのか」
「あるも何も大問題よ。私、光より先に瞳子を見つけて殺さなきゃいけないんだから」
「おいお前さらっと何言ってんだ」
「だからその、教授が、かくかくしかじかで」
私はついさきほどの教授とのやり取りを手短に説明した。
「へえ、あの教授がそんなこと言ってたのか。最低だな。お前まさか殺人依頼引き受ける気ないよな」
全部聞き終えた大地が感想を述べた。
「もちろんないわよ。人なんか殺せないわよ。しかも瞳子なのよ。友達じゃない」
携帯電話に着信があったらしい。メールが一通来ていた。瞳子はそれを開封した。
『お母さんへ 白川さんは僕のお母さんだよね。僕は知ってるよ。お母さん、ニューパパと仲良く暮らしたいなら僕に提案があります』
待ち合わせ場所や時間も書いていて、不都合があれば折り返し連絡をしてくださいと一言添えられていた。
「青木さん、これどうするの」
瞳子は自分の中にいるもう一人の人格、青木美代子に話しかけた。
「あの子には会いたくないわ。でも史郎さんに会えるなら、行ってもいい」
「自分の子供に対して冷たいのね」
「あの子のせいで史郎さんは私から離れたのよ」
「そう。まあそうよね」
後日、指定された場所へ向かった。もう既に光がいた。こちらに気付くと手を振った。
「そういえば守はどうしたの、光」
「守には眠ってもらっているよ。そっちは白川さんの人格とうまくやっているんだね、お母さん」
「さっさと本題に入ってよ」
青木美代子は出てくる気配がない。たぶん話は聞いているのだろう。自分の子供のことを毛嫌いしているのだから引っ込んでしまうのも当然だろうが、別に当事者ではない自分が話を聞くのも嫌気がさす。
「史郎さんと仲良く暮らす方法がある。それはもう一回死ぬんだ。今度は史郎さんも巻き込んで」
「……本当、に?」
おずおずと美代子が問いかける。
「本当だよ、お母さん」
「光」
なんだか今更のように感動の親子再会みたいな空気になったなと瞳子は感じた。部外者なので出ていきたいが、自分の体を美代子に貸し出しているのでそういうわけにもいかない。それよりさっきから史郎さん史郎さんと、誰なんだそいつは。美代子の話を聞く限り、すべての元凶はそいつのせいであるように思える。そいつが青木親子に関わりさえしなければ、私もこんな羽目にはならなかった。要するに元凶がいなくなるというこの申し出は願ってもないことだった。




