お母さんを探せ
大地と守(中身は青木光のようだ)がいなくなって、部屋には教授と私だけがいる。どことなく教授は、ばつが悪そうな顔だった。
「こないだの講義で質問したいことがあってきました」
さきほどまでの空気を気にせずに質問を優先することにした。
「……ああ、質問か。」
教授は気を取り直してこちらの方に向いた。
「こないだ、Cさんという方が出てきましたよね。Bさんの生まれ変わりのCさん。もしCさんがBさんだった時のことを思い出したら、Cさんという人格はどうなるんですか」
「それには2通りある。まず、CさんがBさんを拒絶するパターンがひとつ。この場合、Bさんが、つまり生まれ変わる前の人格がCさん、生まれ変わった後の人格を消し去ってしまう。あるいは、その逆だ。……さっきのは、どちらだと思う?」
さっきの、という言葉が守こと光を指しているのは明らかだった。私は、前者だと思った。教授を見た時のあの激昂は守ならできないだろう。守という人格は光に消し去られたのだ。そう思うと私は急に怖くなった。守とは大学からの付き合いとはいえ、親友だと思ってきた。その親友が突然いなくなった。消された。光とかいうわけのわからない自己中心野郎に。守は何もしていない、消されるような悪いことは何もしていないのに。
「もちろん私は前者だと思っているよ。そこで君に頼みたいことがある」
「え?」
突然の申し出に面喰った私は素っ頓狂な声を出してしまった。
「Cさん、つまり赤間さんの人格を復活させてほしい。光の人格は何をしでかすか分からない。事が起こってからでは遅いんだよ」
「そんなことができるのですか」
「できるよ。生き返りというシステムはね、後悔をしたまま死亡した人間にもう一度チャンスを与えるというものだ。生まれ変わった後、生まれ変わった人間はそのチャンスを生かそうと努力する。もし、その後悔を生まれ変わりのシステムでさえやり直すことができなかったらどうなると思う」
「ひどく後悔をするのでしょうか」
「半分正解だ。絶望するんだよ、もう2度目はないからね。頼みたいことというのは光の後悔していること、おそらく母親のことだろう。その母親の生まれ変わりを光より先に見つけ出してほしい。そして殺してほしい。光の目の前で。そうしたら、光も母親を諦めるだろう。心が弱まったその隙に赤間さんに復活してもらう」
「母親を殺された光が逆上して何かするとは思わないのですか」
「大丈夫だ。光は母親のことしか考えてない。いなくなれば絶望して勝手に消える」
「そして、一介の学生である私に殺人をレポート課題のような気楽さで命じるのは変な話だと思いますよ」
「それもそうだね」
教授は頷いた。
「でもやってもらうよ。あんなやつに生活を壊されるなんてまっぴらごめんだからね。本当にあいつはばかだなあ。美代子にそこまで執着して、あんなののどこがいいんだろうか、わざわざ生まれ変わるなんてよくも厄介なことをしてくれたよ。美代子も邪魔なんだ。青木家放火事件の記事を見たときは嬉しかったよ。邪魔者が2人同時に消えるんだ。こんな嬉しいことはないって思ったのに、全部私に近づくための手段だったんだね。やられたよ」
私は顔面蒼白になりながら話を聞いていた。転生学の授業は面白くてためになった。そんな授業を行う史郎教授を私は尊敬していた、なのにこんな人だったとは。
「もう一つ質問してもいいですか。CさんがBさんを受け入れることはあるのでしょうか」
その質問をしたとたん、教授の顔がひきつった。守が光を受け入れたらどうなるのだろうか。
光と大地は廊下を歩いていた。
「守改め光、俺大地っていうんだ、よろしくな。君と同じ生まれ変わりなんだ」
「よろしく」
「愛想ねーなぁ……母さん誰か分かってるのか?」
「さっきはニューパパに突然出くわしたから驚いたけど、少し頭が冷静になってきた気がする。それで思い出したことがあるんだ。あの、僕が守……だったっけ、生まれ変わった後の人格の名前」
「そうだよ」
「その守から僕になった時、近くにいたんだよ。お母さん。逃げちゃったけどね」
「逃げた?あのキャンプファイヤーの時に光を見るなりどこか行ったやつなんて……あ。」
大地は瞳子のことを思い出した。瞳子は確か守を見たとたん、走ってどこかへいなくなった。あれはなんだったのだろう。
「大地、君知ってるだろ。あの時逃げた女、お母さんの生まれ変わった後の名前。洗いざらい教えろ」




