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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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聖女ではありませんが。

作者: 月森香苗

※大体出てくる皆、性格に難アリ。

※割と品がない。

「わたくし、一度たりとも己を聖女と申し上げたことはございませんわ」


 アレクサンドラは産まれた時から額に輝く痣を持っていた。花の形をしたその神々しさに、父親は興奮しながら神殿より神官を呼び、目にした神官は興奮したように「聖女なのでは」と手を組みながら告げた。

 別に神託があった訳でもないし調査した訳でもない。神官が目にしてそう思ったからそう述べた。それだけの話なのだが、公爵家の当主である父親は他の家門よりも一歩先んじる為に産まれた娘を聖女だと宣言した。


 当の本人は赤子であり言葉どころか全てにおいて認識できるわけが無いので勝手にそう呼ばれるようになっただけである。

 アレクサンドラは庭を好んでいた。伝説にある聖女は癒しとか浄化に長けた存在で、自然を愛していたと記録にあるので、貴族の令嬢らしからぬところがあっても注意しなかった。

 それが聖女だと思っていたからだ。

 アレクサンドラが六歳の時に王家から婚約の打診が来た。五歳年上の第一王子の相手として。年齢的には同じ年の第二王子がいたのだが、第一王子の箔付の為の婚約である事は誰もが理解するところだった。

 アレクサンドラはこの頃になると己が聖女と呼ばれる度に首を傾げながら「違うと思いますが」と言っていたのだが、誰も聞こうとはしなかった。

 額にある輝く痣があるのだから、と。

 それにアレクサンドラが植物の傍にいるとキラキラ輝いているのがやはり聖女らしかったので、謙遜していると思っていたのだ。


 アレクサンドラは自身が聖女で無いことをよく知っていた。自分が何者かを正しく伝えるのは止められていたので、消極的に聖女を否定していたのだが誰も聞いてはくれない。

 後で何か言われるのが嫌なので、この消極的な否定はずっと続けていた。


 第一王子はやや横暴な性格をしていた上、婚約者が五歳も年下であることに不満を抱いていた。友となった令息達の婚約者は同じ年頃なのに、自分の婚約者はまだ子供である。

 背伸びしたい年頃の少年にとって、子供を相手にする事が嫌で仕方なかった。これが成人を超えたり、それなりに大人になれば五歳程度の差など、とかいっそ若い女が相手は案外良い、なんて思えたのだろうが、如何せん十代半ばの少年にとって十歳程度の少女は子供すぎた。

 学園に通えば大人びた少女達が第一王子を見ては頬を染めたりうっとりとするのだ。体付きだって女性らしさが出てくるし、柔らかそうな胸元をそっと腕に押し付けられてしまえば邪な気持ちになるのは無理もないだろう。

 義務として、月に一度は二人きりでの交流の茶会をしなければならないのだが、どこもかしこも物足りないアレクサンドラに第一王子はやはり不満を募らせ続け、遂にはお茶会を欠席するようになった。

 ガゼボでアレクサンドラは時間になっても来ない第一王子を待ち続けていたが、何時間経っても来ず、連絡すらない。控えていた侍女や護衛騎士などは冷静に見えて顔色が悪かった。

 当然ながら直ぐさま国王と王妃の元に報告が挙げられて第一王子はこっぴどく叱られたが、反省など一切していなかった。

 お茶会を無断欠席した第一王子が向かったのは友人の所で、その実、学園で知り合った令嬢達をそこに呼び寄せていたのだ。

 変なところで頭が回る子供達は、親が不在を狙った上、金で報告を握り潰すような使用人達を利用していたので浅はかな企みは案外バレなかった。

 第一王子の護衛騎士も買収された一人であったので、国王と王妃は王子の奔放な振る舞いに中々気づけなかった。


 そんな無断欠席が三回続いたところで、アレクサンドラから定例茶会の中止が申し入れられた。

 アレクサンドラは正直この婚約を迷惑に思っていた。王家と親が勝手に決めた事で、いずれは無かったことになるが、まだその時ではないからと言われていたから大人しくしていただけである。

 あまりにも子供じみて浅はかな第一王子に付き合ってはいられない、とアレクサンドラは己に必要な学びに集中したいと告げ聞き届けられた。


 それから三年。

 第一王子が学園を卒業するにあたり、婚約者として必ず来いと言う珍しい命令が来たのでアレクサンドラは丁度良いと向かう事にした。行けと言われたのもあったので。


「アレクサンドラ!貴様は己を聖女だと騙り国民を騙したな!真の大聖女はここにいるトリシアだと神殿が認めた!大罪人として貴様を処刑する!」


 突然のその宣言。第一王子は一人の少女の肩を抱き寄せてそんなことを叫んでいた。

 ホールの中央、アレクサンドラが一人になるように卒業生や在校生が壁際に立っている。

 明らかにこれはアレクサンドラを晒し者にする為の舞台であり計画されていたものだとわかる。

 高い所に座っている国王と王妃は少し前に神殿より神託でトリシアが聖女であると聞かされたばかりである。アレクサンドラの時は神託は無かったと思い出した国王は、第一王子の婚約者の挿げ替えと共に公爵家の力を削ぐ為にアレクサンドラの処刑に対して許可を出した。


「まず、申し上げたいことがございます」


 焦りも何もないアレクサンドラは感情の無い声で第一王子に向かって告げる。何時でも感情を感じられないアレクサンドラを第一王子は憎らしげに見る。


「わたくし、一度たりとも己を聖女と申し上げたことはございませんわ」


 アレクサンドラは今の今まで一貫して、己は聖女ではないと告げていた。アレクサンドラは誰よりも自分を知っていた。

 そこに居た学生は否定しようとしたが、ふと思い出した。

 聖女様、と呼び掛けた時にアレクサンドラは「わたくしは聖女ではありません」と否定していたことを。


「わたくしは聖女ではなく、神の愛し子であり神の花嫁です」

『その通り。アレクサンドラは我の愛し子にして花嫁である。その証を額に付けていたのだが、聖女扱いをされていたのが愉快であった』


 アレクサンドラが発した言葉を理解する前に、ホールに響き渡ったかのようで、その実、脳に直接届いた声に誰もが言葉を失っていた。


『聖女なぞこの世界にはいくらでもいる。この国にも十程の人間に一雫分の加護を与えた者がいる。そろそろ我の花嫁を返してもらう為にソレに半雫程度の力をやったのだが、我の花嫁を処刑などと笑えぬ事を言い出したから態々来てやった』


 ズン、と体が重くなったのはアレクサンドラ以外の全ての者達。

 いつの間にかアレクサンドラの隣には何者かが立っていた。

 声の主は見下ろされるのが不愉快だったのか、姿を見せた存在は国王や王妃、警護する騎士を宙に浮かせるとホールに落として這い蹲らせた。


『我の花嫁には人間としての短い時間を楽しんでもらおうと、敢えて吾の愛し子で花嫁とは言わぬようにと告げていたが、自分達の都合の良い事しか聞かぬ愚か者ばかりであったな。アレクサンドラは聖女ではないと言っていたのに』


 白金の地面よりも長い髪の毛に整いすぎて直視すら恐ろしい顔立ちの男の姿の存在は、濃密すぎる力を味わっている者達に神だと強烈に感じさせていた。

 第一王子はみっともなく尻から座り込み、失禁していた。


『他の聖女よりも力のない女を大聖女とは笑わせる。それはこの世界の中で誰よりも弱い聖女。まあ、王宮に置いておけば少しは役に立つだろう。他の聖女を探しても無駄なこと。貴様らのような虫けらに酷使されぬようにしているからな』


 アレクサンドラを解放する為に仕立てあげられた聖女であると言われたトリシアは嘘よ!と叫んだが、神が言うのだから事実でしかない。


『それを選んだのはそこの王子とやらと既に同衾していたから丁度良いと思ってだ。その女はアレクサンドラの評判を落とす為に悪意ある言葉を広め、王子とやらに体を使って迫るほどの努力家だ。そこまでして王妃になりたいのであればアレクサンドラを返してもらう代わりとして十分だと思ったのだ。感謝せよ』


 王家に嫁ぐ為には婚姻の儀が終わり初夜まで純潔でなければならない。確実に王家の子を宿す為の慣習である。

 王家だけでなく、淑女であれば当然の事なのだが、多くの貴族の前でその慣習を破っていると告げられたトリシアは「やめて!」と止めようとするも動けない。

 聖女であると神託が下されてトリシアは自分こそがやはり王妃となるに相応しいとアレクサンドラを見下していたのに、今彼女に与えられているのは貴族令嬢として有り得ない貞操観念への侮蔑の視線で。

 これ以上、何も言わないでとぼろぼろと涙を流し始めたトリシアのことなど神は気にしない。

 アレクサンドラを取り戻す為に都合が良かった、それだけだから。


『まあ、王子と同衾する前に複数の相手と同衾しているが、安心せよ。そのいずれとも子は出来ておらぬ。王子の友人とやらとも同衾していたから体力はあるだろう。我は驚いたぞ。人間とはこんなにも乱れているのに気付かないのかと。はは』

「言い過ぎですわよ。流石に哀れですわ」

『そうか?アレが流した話ではお前はその歳で男を誘っているそうで純潔ではないそうだが。我が花嫁を守らぬはずがないのにな』

「わたくしのことまで言わなくてよろしいですわ。そういう訳で、元々殿下と結婚するつもりなどありませんでしたの。素直に婚約の解消の為に動いてくださっていれば問題ありませんでしたのに。お父様が欲深かったからですわね」

『そも、我の証がこんなにもはっきりと出ているのに、何故聖女と判じられたのか。まあ良い。アレクサンドラは返してもらう』


 ほんのりと金色が混じる白のドレスを着たアレクサンドラは、貴族の令嬢としての最後の挨拶をする。

 完璧なるカーテシーはこの場にいるどの令嬢よりも美しかった。


「わたくしが恋したのも愛したのもこの方のみにございます。わたくしは神の国へ参りますので、もう顔を合わせる事はございませんでしょう」

『アレクサンドラのいない国に今までのような加護は与えぬ。精々その聖女を上手く使え。他の聖女はそれぞれに役目がある。お前達が使い潰すと言うならこの国を消す』


 この国はこの十数年平和だった。大きな悪疫が発生した事はなく、農作物も豊作だったとか。それらが全てアレクサンドラがいた事によるならば。


 神の腕に抱えられたアレクサンドラを止めようとしたのは国王だったが、その手は虚しく宙を空ぶった。

 まるで溶けるかのように神とアレクサンドラの姿は消え、残されたのは彼女を貶めて命を奪おうとした者とそれを許した者、彼女を知りもしないのに貶した者、彼女を利用しようとした者などだ。

 勿論全員がそうではない。アレクサンドラと関係が無さすぎてわけが分からなかった者や、実は聖女の一人も居たりしたが決して名乗り出ることは無かった。

 神が念押した程にどうしようも無い大人達にこき使われ使い潰される気がしたので。


 トリシアの節操の無さは隠しようもなかった。それどころか、王子の友人達とも関係を持っていた。子がいないと言われても、そんな女を王家に入れる訳には行かない。

 神をして最も力の無い聖女にされたトリシアを王宮に置いておけばいいと言っていた。

 婚姻だけが全てでは無い。

 第一王子は最早どうにもならない。喚き散らす王妃の声がうるさいが仕方ない。

 国王は己こそがアレクサンドラの処刑を許したことなど忘れたように、今後の対応をせねばならないと騎士に命じてトリシアを拘束し王宮に戻った。




「結局あの国の王家は変わったのですね」

「我の神罰ゆえな」


 神はいわなかったが国王を始めとした王家に神罰を下していた。己の花嫁を殺そうとしたのだ。その罰は与えなければならない。

 アレクサンドラが去って僅か五年で国としてどうにもならなくなり、善良な公爵令息が王太子となり、二年ほどで即位した。

 第一王子は下半身を病に冒されていた。原因はトリシアで、トリシアと関係のある男は全員同じ病を発症した。

 トリシアは中途半端な聖女の力を有している為、発症はしないけれど、聖女になる前に持っていた病が消えることは無いので被害者は増えていた。

 トリシアと第一王子は結婚しなかった。出来るわけがない。

 彼女は聖女として王宮に繋ぐ為に塔に幽閉されていた。そこで兵士などを誘惑した結果、被害は拡大したと言える。


「わたくしが聖女では無いと真実を語っていたのにだれも聞いてくれないからその結末になったのでしょうね」


 この神は中々に性格が悪く、人間にそれなりの興味を持っている。アレクサンドラの魂を気に入って人として産まれる前から印を付けられていた。花嫁になる際は神の眷属となり、恩寵を家に与えられるはずだったのだが、神官の勘違いに便乗して利益を得ようとした父が大体悪い。

 神の愛し子で神の花嫁になった者が現れたのはもうずっと昔の事で、記録に残っていないのだろう。アレクサンドラはあくまで聞いただけの話だけれど、もう少し慎重であれば起きなかったと思う。

 具体的に言えば神官は一度神殿に帰還して大神官に確認をすべきだった。

 結局みんながみんな自分の都合の良いことを優先した結果がこれだ。

 それでも神がもう少し人間に寄り添っていれば結果が違ったのでは無いだろうか。こんなギリギリまでアレクサンドラを第一王子の婚約者にしていたのは単純に上等な教育や教養を王宮で学べるから。それだけだ。

 間違っても王子に手を出されることは無かっただろうし、そんな事態に陥ったら神がどうにかしただろうけれど、事態が悪化するまで放置していたのはその方が面白そうだから。それに尽きる。

 神は人間に対して配慮はしない。自分のモノである愛し子で花嫁に対しては情があってもそれ以外に対してはどうでもいいと思っている。

 トリシアは可哀想な女だった。神が早々にアレクサンドラは聖女ではなく神の愛し子で花嫁だから相応に教育せよと言っていれば、王子の婚約者にはならず、歳の合う良い家柄の娘が宛てがわれていただろう。

 まあそれでもあの性格だ。相手が誰であっても陥れて王妃の座を目指しただろう。聖女になることはないから幽閉されることはなかったに違いない。

 多くの男に手を出していたので判明すればただではすまなかっただろうが。その前に王家特有の純潔の検査で王妃には間違いなくなれないが。


「アレクサンドラ。今日は何をしようか」

「そうですね。虹羊の毛をもらいに行きましょう。あれを編みたいです」

「わかった。私の花嫁はこんなにも軽いのだな」

「落とさないでくださいね」


 神の国で神とアレクサンドラは幸福に満たされている。地上のことなど何も知らずに。

神は割と愉快犯的な存在。

当方設定の、神は人間に寄り添わないタイプ。

面白ければなんでもよし。


某ネタの愉悦部にいてもおかしくない感じ。

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