第九十六話 双六と冬の笑い声
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
昼下がり、町の小さな広場。
霜は溶け、地面は少し湿っている。
伊東祐兵と島津豊久が通りかかると
子どもたちが紙を広げ、双六を囲んでいた。
「おや、今日は賑やかですな」
豊久が足を止める。
「正月らしい光景だ」
子どもたちは二人に気づき
一瞬、動きを止めた。
「お侍さんだ……」
「怒られないかな」
祐兵は静かに腰を下ろした。
「続けるといい。
双六は、止めるものではない」
その一言で、空気が和らぐ。
小春と黒猫も近くに座り
紙の端を風で押さえるように尻尾を伸ばした。
「次は誰だ?」
豊久が促す。
木の駒がころりと転がり
歓声が上がる。
「六だ!」
「戻るマスだぞ!」
祐兵は口を出さず
ただ目を細めて見ている。
勝ち負けよりも
笑い声の方が大きい。
「双六は、人生に似ておりますな」
豊久が小声で言う。
「進むこともあれば、戻ることもある」
「だから面白い」
やがて一局が終わり
子どもたちは満足そうに紙を畳んだ。
「ありがとうございました!」
誰からともなく頭を下げる。
「礼は不要だ」
祐兵は立ち上がる。
「よく遊び、よく笑え」
二人が去ると
また新しい局が始まった。
木の駒の音と
子どもたちの声が
冬の町にやさしく響いていた。
その足元で
小春は小さく鳴き
黒猫は双六の紙を名残惜しそうに見送っていた。




