第九十五話 白い湯気の雑煮
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
新年の朝の冷えが、まだ床に残っている。
台所では、囲炉裏の火が静かに起きていた。
伊東祐兵は
杵で搗いた餅を布に包み
島津豊久は出汁の支度を整える。
「正月といえば、これですな」
「形は簡素だが、意味は深い」
昆布を水から上げ
鰹節をひとつかみ。
澄んだ出汁が鍋に張られ
火にかかると、やがて静かな香りが立った。
餅は焼かず
素のまま湯に通す。
大根は薄く切り
里芋は丁寧にぬめりを落とす。
彩りに青菜を添えるだけ。
「具は控えめですな」
「年の初めは、腹八分がよい」
鍋が温まり
出汁に具を入れると
白い湯気がふわりと上がる。
足元では小春が座り
黒猫は少し離れて
その様子をじっと見ていた。
「まだだぞ」
祐兵の一言に
二匹は同時に瞬きをする。
器に盛り
最後に餅を沈める。
澄んだ汁の中で
餅はゆっくりと柔らかくなった。
「……正月の味ですな」
豊久が一口含む。
出汁は静かで
具の旨みが順に現れる。
「派手さはないが
一年を始めるには十分だ」
祐兵も箸を置き
湯気の向こうを見つめた。
猫たちには
味を付けぬ青菜を少しだけ。
小春は満足そうに喉を鳴らす。
外では
町がゆっくりと目を覚ましていく。
白い湯気の雑煮は
新しい年を
静かに身体へ迎え入れていた。




