第百三十三話 冬陽を踏みしめて
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
薄く雲のかかる冬空。
飫肥の町は
白く乾いた光に包まれていた。
伊東祐兵と島津豊久は
肩を並べて歩く。
急ぐ用はない。
ただ、町の息づかいを確かめるように。
軒先では干し大根が風に揺れ
鍛冶屋からは規則正しい槌音が響く。
「音があると、安心しますな」
豊久が言う。
「働く音だ」
祐兵は短く答える。
「町が生きている証だ」
魚屋の前では、氷の上に銀色の鯵が並ぶ。
八百屋では、白菜が山のように積まれている。
子どもが走り抜け、後ろから母親の声が飛ぶ。
何事もない。
だが、その何事もなさが尊い。
橋の上で足を止める。
川面は低く光り、冬の水は澄み切っている。
「正月の頃の賑わいが、嘘のようですな」
豊久が欄干に手を置く。
「祭りは波だ」
祐兵は川を見つめる。
「引いた後に、地の形が分かる」
豊久は笑う。
「相変わらず、難しいことを」
橋を渡ると、茶店の前で老婆が雪を掃いていた。
二人は自然と手を貸す。
短い挨拶、短い礼。
それで十分だった。
歩き続ける。
商いの声、薪の匂い、遠くの犬の鳴き声。
町は派手ではない。
だが確かに、日々を積み重ねている。
「こうして歩くだけで、背筋が伸びますな」
豊久が言う。
「守るものが、目に見えるからだ」
祐兵は穏やかに返す。
冬陽が傾きはじめる。
長い影が石畳に伸びる。
二人はまた、並んで歩き出す。
言葉は少なくとも、足並みは揃っていた。
それだけで、町は静かに整っていく。




