第百三十話 虚言の網を断つ
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
昼下がりの町は、冬の陽に緩んでいた。
だが、人だまりの空気は重い。
薬売りを名乗る男と、帳面を抱えた男。
二人は声を合わせ、効きもしない妙薬を並べ立て
町民の不安を煽っていた。
「今だけだ、今だけ」
「逃せば手遅れになるぞ」
伊東祐兵と島津豊久は
少し離れて様子を見ていた。
「言葉が巧みですな」
豊久が低く言う。
「だが、筋が通らぬ」
祐兵は視線を外さない。
老女が銭を差し出しかけた、その時。
祐兵が一歩前に出た。
「その薬、いつ、どこで試した」
静かな問いだった。
男は一瞬、言葉に詰まる。
もう一人が口を挟む。
「あぁ?細かいことは——」
「細かいことではない」
祐兵の声は低く、硬い。
豊久が帳面を覗き込み
「同じ筆跡、同じ値段。
別々の家から同じ【効き目】が出るとは、妙ですな」
周囲の町民がざわめく。
男たちは後ずさった。
「おい、道を——」
逃げようとした瞬間
豊久が進路に立つ。
肩を押さえ、転ばせはしない。
ただ、動きを止める。
祐兵は薬包を拾い、香りを確かめた。
「薬ではない。
乾かした草と、色をつけた粉だ」
嘘は、言葉より先に崩れた。
男たちは観念し、膝を折る。
「町役人へ引き渡す」
祐兵が静かに語る。
「被害は、今ここで止める」
人だまりがほどけ
老女は胸を撫で下ろした。
足元では、小春と黒猫が
倒れた薬包に鼻を近づけ
すぐに興味を失って日だまりへ戻る。
「騒がずに済みましたな」
豊久が息を整える。
「守るのは、命だけではない」
祐兵は町を見渡す。
「安心も、だ」
冬の町に、静けさが戻った。
虚言の網は断たれ
人々は、また前を向いて歩き出した。




