第百二十九話 寒夜に立つ
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
風が止み
その代わりに、冷えが沈んだ。
動かねば、骨まで染みる寒さだ。
伊東祐兵と島津豊久は
夜の見回りに立っていた。
空は澄み、星は鋭い。
「これは……来ますな」
豊久が歯を鳴らさぬよう、低く言う。
「耐える夜だ」
祐兵は足を踏み替え、姿勢を崩さない。
肩をすくめず、背を立てる。
寒さに身を委ねぬための、古い癖。
呼吸を深く、静かに。
風が一陣。
衣の隙を探るように入り込む。
豊久は腕を組み直し
足裏に力を込めた。
「動けば、熱は逃げませんな」
「焦れば、奪われる」
祐兵は星を一つ見上げる。
「心も同じだ」
しばし、言葉はない。
耳に届くのは
木のきしむ音と、遠い水音だけ。
足元で、小春と黒猫が
互いに身を寄せ、尾を絡める。
生きものは、寒さに逆らわず
寄り合って耐える。
夜が深まるにつれ
寒さは頂に達した。
だが、二人は崩れない。
「……夜は、必ず明けますな」
豊久がぽつりと言う。
「ああ」
祐兵は頷いた。
「耐えた者から、朝を見る」
やがて、東の闇がわずかに薄れる。
寒さは残る。
だが、意味を失い始めていた。
二人はその場を動かず
来る朝を、静かに迎えた。




