第百二十四話 冬川の糸
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
朝の川は、音が少ない。
水面は澄み、流れは細く
岸の石に霜が白く残っている。
伊東祐兵と島津豊久は
並んで竿を出した。
言葉は交わさず、糸先だけを見つめる。
冬の釣りは、待つことがすべてだ。
「今日は、深みに寄る」
祐兵が小さく言う。
「ええ。水が冷えきってますからな」
豊久は餌を替え、静かに投げ込む。
しばらくして
竿先が、ほんのわずかに震えた。
祐兵は慌てない。
一拍、二拍――
合わせる。
銀の腹がひらりと翻り
川面に輪が広がった。
冬の魚は小ぶりだが、身は締まっている。
「よい引きでしたな」
「川が正直だ」
足元では、小春と黒猫が
流れる水を覗き込み
跳ねる魚に目を丸くする。
手は出さない。
ただ、じっと見ている。
豊久の竿にも当たりが来た。
軽く引き寄せ、確かに取る。
二人は互いに頷き、籠に収めた。
昼近く
風が少しだけ和らぐ。
火を起こし、湯を沸かす。
湯気が立ち、指先が戻る。
「この静けさが、いい」
豊久が言う。
「冬は、余計なものを削ぐ」
祐兵は川を見た。
釣果は多くない。
だが十分だ。
竿を畳み、川に一礼する。
帰り道
猫たちが先を行く。
小さな足跡が、霜に点々と続いた。
冬川は、今日も静かだった。
その静けさを
二人は確かに持ち帰った。




