第百二十一話 冬路の迷い子(後編)
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
山裾の廃屋は
風に軋みながら闇に沈んでいた。
灯は一つ。
戸口の隙間から、赤い光が揺れている。
伊東祐兵と島津豊久は
息を殺して近づいた。
雪を踏む音すら、風に紛れさせる。
中には五人。
囲炉裏を囲み、酒を煽る賊と
柱に縛られた男――迷子の子の父がいた。
「静かにしてりゃ命は取らねぇ」
「ガキは後で攫って、親子まとめて売る。
そのほうが銭になる」
次の瞬間
戸が破られた。
「――そこまでだ」
低く通る祐兵の声と同時に
豊久が踏み込む。
最初の賊が刃を抜く前に
豊久の肘が鳩尾を抉り
男は息を詰まらせて崩れ落ちた。
「な、何者だ!」
叫びと同時に、三人が一斉に動く。
祐兵は一歩も退かない。
横薙ぎの一刀を、半身でかわし
返す刃で手首を断つ。
刀が床に落ちる音。
血が囲炉裏の灰を染めた。
背後から槍が突き出る。
祐兵は振り向かず
踏み込みで距離を潰し、柄頭で喉を打つ。
男は声も出せず、壁に叩きつけられた。
一方、豊久は激しかった。
正面から二人を引き受け
わざと隙を見せる。
「いけるぞ!」
賊が踏み込んだ瞬間
豊久は体を沈め
下から斬り上げる。
刃は鎖骨を割り
男は絶叫とともに倒れ伏した。
最後の一人が
縛られた男を盾に取ろうとする。
「動くな!」
その刹那
祐兵の視線が凍る。
「――その手を離せ」
声と同時に
祐兵の刀が閃いた。
賊の肩口を裂き
刃は柱に深く食い込む。
男は悲鳴を上げ
膝から崩れ落ちた。
室内は静まり返る。
荒い息だけが、白く立ちのぼる。
祐兵は刀を収め
縛られた男の縄を断った。
「歩けるか」
「……はい……」
豊久が賊たちを一瞥する。
「命は取らん。
だが、二度と人に手を出すな」
答えはない。
恐怖だけが残った。
二人は男を支え、山を下る。
夜気は冷たいが
足取りは確かだった。
町に着くと
幼子が駆け寄る。
「父さま!!」
男は膝をつき
強く抱きしめた。
声にならぬ嗚咽が
冬の夜に溶ける。
少し離れた場所で
祐兵と豊久は並んで立つ。
「刃を振るう理由が、はっきりした夜でしたな」
豊久が呟く。
「ああ。守るためなら、迷わぬ」
祐兵は静かに頷く。
星明かりの下
親子は再び一つになった。
二人はそれを確かめ
何も言わず
町の闇へと溶けていった。




