第百二十話 冬路の迷い子(前編)
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
冬の午後、城下の外れ。
伊東祐兵と島津豊久が
町道を歩いていると
道端で立ち尽くす幼子の姿があった。
着物は薄く、鼻先は赤い。
小さな手が、ぎゅっと袖を握っている。
「……父さまが、いません」
声は震えていた。
祐兵はしゃがみ込み
目線を合わせる。
「どこではぐれた」
「市の帰りです。
気づいたら……」
豊久が周囲を見回す。
足跡は乱れ、馬の蹄の跡が混じっていた。
「連れ去られたかもしれませぬな」
子どもを寒風にさらさぬよう
二人は外套をかけ
町の者に聞き込みを始める。
やがて、露店の老人が口を開いた。
「親御は、賊に絡まれておった。
数人で、川向こうへ引きずっていったようだ」
祐兵の表情が、わずかに硬くなる。
「賊は?」
「最近出没する連中だ。
人目を避けて、山裾の廃屋に潜むと聞く」
祐兵は幼子の頭に、そっと手を置いた。
「必ず、取り戻す」
豊久が頷く。
「ここで待つのは危険です。
この子は、町の役人に預けましょう」
子どもは不安げに二人を見る。
「……父さま、帰ってきますか」
「帰ってくる、必ず」
祐兵の声は低く、迷いがなかった。
夕暮れ、二人は山の方角へ向かう。
冷たい風が吹き
空には薄雲が流れていた。
賊の影が
冬山に溶けていく。
——後編へ




