第百十八話 猪鍋の湯気
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
夕刻、台所に火が入る。
外の冷えとは裏腹に
土間は次第に温みを帯びていった。
伊東祐兵と島津豊久は
狩ってきた猪の肉を前に
静かに手を動かす。
脂は白く、身は締まっている。
祐兵は包丁を入れ
筋を確かめるように切り分けた。
豊久は野菜を整え、鍋を据える。
味付けは味噌と酒。
山で採った根菜を少し。
主役はあくまで肉だ。
湯が沸き、鍋に具が沈む。
やがて、ふつりと音を立て
湯気が立ちのぼった。
猪の香りが広がるが、きつさはない。
丁寧な下処理の賜物だ。
「山の恵みは、手を抜かぬ者に応えますな」
豊久の言葉に、祐兵は頷く。
「狩りも、料理も同じだ」
煮えたところで
二人は盃を置き、箸を取る。
一口。
噛むほどに旨みが広がり
身体の芯に熱が落ちていく。
足元では、小春と黒猫が
火のそばで丸くなる。
二人はそれを横目に
黙って鍋を進めた。
「これで、明日も動ける」
祐兵が言う。
「ええ。冬は、こうでなくては」
鍋の湯気は、夜更けまで途切れなかった。
狩りの緊張は、湯気とともに解け
静かな満足だけが、二人の間に残っていた。




