第百十四話 静かな正論
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
昼下がりの城下。
雑貨屋の前に、人だかりができていた。
棚から落ちた器の欠片が転がり
店主は困り果てた顔で立ち尽くしている。
その前で、禿げて痩せた男が肩をすくめ
「脆い品を並べる方が悪い」
と嘯いた。
伊東祐兵と島津豊久は
足を止める。
祐兵は割れた器を一瞥し
床の欠片の並びを見た。
「わざとだな」
男が睨み返すより早く
豊久が一歩、間に入った。
声は低く、穏やかだ。
「店の品は、店主の生業。
壊して困らせる理由にはならぬ」
男は言い返そうとしたが
祐兵の視線に言葉を失う。
静かで、逃げ場のない眼だった。
「不注意なら、弁償。
故意なら、なおさらだ」
祐兵は淡々と続け
店主に向き直る。
「いくつだ」
店主が数を告げると
豊久は男の前に欠片を揃えた。
「払うか、ここで詫びるか。
選べ」
沈黙。
やがて男は歯噛みし
銭を出した。
拾い集めた欠片が
男の掌でかすかに鳴る。
「二度とするな」
祐兵の一言は短い。
男は捨て台詞も残せず
人垣の外へ消えた。
店主は深く頭を下げる。
「助かりました」
「商いは、町の骨だ」
祐兵はそう答え
二人は歩き出す。
何事も起こらぬように見える町は
こうした小さな正しさで
今日も支えられていた。




