第百十三話 冬気、中の型
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
朝の空気は澄み
吐く息が白くほどける。
伊東祐兵と島津豊久は
城外れの稽古場に立った。
地は硬く締まり
霜がまだ残っている。
言葉はない。
まずは足運び。
踏み込み、引き、重心を移す。
冬の冷えは容赦なく
だがそれがかえって身体の隅々まで
意識を行き渡らせる。
祐兵はゆっくりと型に入る。
刃の軌道は静かで、無駄がない。
豊久は一拍遅らせ、同じ型を重ねる。
速さよりも確かさ。
互いの呼吸が、自然と揃っていく。
木刀が軽く触れ合う。
音は乾き、短い。
打ち合うのではない。
確かめ合う。
「――今の踏み、良い」
短く放たれた祐兵の言葉に
豊久は一度だけ頷いた。
次は間合い。
近づきすぎず、離れすぎず。
風が袖を揺らすたび、距離が変わる。
一刻ほどで、動きを止める。
肩に薄く汗がにじみ
冷気がそれを引き締めた。
「身体が戻ると、型も戻りますな」
「型が戻れば、心も整う」
二人は木刀を下ろし、息を整える。
遠くで鳥が鳴いた。
足元では、小春と黒猫が静かに見守っていた。
鍛錬は声高に、誇るものでもない。
ただ、日々を確かに支えるための
静かな積み重ねだった。




