第百十話 冬昼の町屋
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
冬の昼
城下の通りは朝の張りつめた冷えをほどき
穏やかな息を取り戻していた。
伊東祐兵と島津豊久は肩を並べ
町屋の並ぶ裏通りを歩く。
軒先からは湯気が立ち
味噌と炭の匂いが混じり合う。
二人は言葉少なに歩きながら
町が生きている確かな気配を感じ取っていた。
昼餉どき
暖簾の揺れる小さな食事処に腰を下ろす。
椀から立つ湯気が
凍えていた指先をゆるやかに解いた。
豊久は周囲を見渡し
祐兵は黙して箸を運ぶ。
互いに語らずとも
同じ味を同じ時に受け取ることで
心が自然と揃っていく。
足元では小春と黒猫が静かに身を寄せ
気配だけを残している。
食後、店先に出ると
通りを行く町人の声が柔らかく耳に届いた。
正月の賑わいが去り
働く日々へと戻る途中の町。
その姿に、祐兵は短く息をつく。
「守るべきものは、こうした日常だな」
その言葉に、豊久は深く頷いた。
戦も騒ぎもなく
人が人として暮らす時間こそが尊い。
再び歩き出す二人の影は
冬の陽に短く伸びる。
猫たちは遅れぬよう後を追い
石畳に小さな足音を刻む。
静かにすぎる刻。
しかしその静けさこそが
今日という一日の価値だった。
町は変わらず
二人もまた変わらずに、歩みを続けていく。




