第百九話 冬町をゆく
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
冬の朝
城下の通りは
澄んだ気配に包まれていた。
伊東祐兵と島津豊久は
並んで町へと足を運ぶ。
夜の冷えを残した石畳が
陽を受けてわずかに白く光る。
味噌屋の前では桶が整えられ
米屋では暖簾の内から臼の音が低く響いていた。
「冬の町は、落ち着きますな」
豊久の言葉に
祐兵は通りを見渡す。
「人も店も、己の歩調を取り戻す頃合いだ」
小春と黒猫は
二人の足元を行き来しながら
時折立ち止まっては鼻を鳴らす。
乾物屋の軒先で揺れる干し魚に
黒猫がじっと目を留めた。
「小春たちにも、買っていきますか」
豊久がそう言うと
小春は何事もない顔で尾を振った。
道の向こうでは
職人が戸を開け
湯気とともに一日の始まりがこぼれ出る。
すれ違う町人たちは
二人に気づくと軽く頭を下げ
控えめな笑みを残していった。
「こうして歩くと、町の息遣いが分かるな」
祐兵の言葉に
豊久は深く頷く。
「守るとは、見続けることでもありますな」
やがて日が高くなり
通りに影が短くなる。
四つの足音は重なり合い
静かな冬の町を
ゆっくりと進んでいった。
普段と変わらぬ散策。
それは、今日という日の確かな証であった。




