第百八話 静かな夜の鍋
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
日が落ちると
囲炉裏の火が
部屋の中心で赤く息づいた。
鍋には
大根、葱、里芋。
薄く切った猪の肉が
静かに煮えている。
「今日は、身体にやさしいものを」
島津豊久が言い
灰を整えた。
「病み上がり扱いは
今日までにしてもらおう」
伊東祐兵は笑う。
「無理をさせぬのは
武でもあります」
鍋がふつりと音を立て
湯気が立ち上る。
味噌を溶くと
部屋に温かな香りが広がった。
小春は祐兵の膝元
黒猫は少し離れた場所で
じっと鍋を見つめている。
「小春たちには、後で少し」
豊久が言うと
小春の尾が一度、揺れた。
器によそい
二人は向かい合って箸を取る。
「……沁みるな」
祐兵が、ひと口食べて言う。
「身体が戻ってきた証です」
しばらくは
言葉も少なく
鍋と向き合う。
外では冬の風が鳴るが
この部屋の中だけは
穏やかだ。
「こういう夜があるから
また歩ける」
祐兵が呟く。
「ええ。静かな夜は
力を蓄えてくれます」
鍋の中身が減り
火も落ち着く頃
二匹の猫に小さく分け与える。
満足そうに食べる姿を見て
二人は顔を見合わせた。
「明日は、もう少し動けそうだな」
「その時は、また軽く」
冬の夜は深く
鍋の余熱だけが
静かに残っていた。




