第百七話 軽い足取り
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
朝の光が、障子越しにやわらかく差し込んでいた。
伊東祐兵は戸口に立ち
深く息を吸う。
「……戻ったな」
島津豊久は
その様子を見て微笑んだ。
「顔色も、声も戻りましたな。
今日は無理をせず
軽く歩く程度にしておきましょう」
「それで十分だ」
二人は上着を羽織り
町外れの道へ出る。
歩幅は小さく
会話も控えめだ。
冬の空気はまだ冷たいが
昨日までの刺すような寒さはない。
足元では、小春が先を行き
黒猫は少し遅れてついてくる。
「熱が下がった後は
景色が違って見えるらしいですが」
豊久が言う。
「身体が静かになると
周りの音が戻る」
遠くで水の流れる音。
鳥の羽音。
人の話し声。
どれも、当たり前のものだ。
「看病、助かった」
祐兵が短く言う。
「当然のことです」
豊久は歩きながら答える。
「倒れた時は
支え合えばよいのです」
少し歩いたところで
二人は立ち止まり
同じ景色を眺める。
「今日は、ここまでにしましょう」
「うむ。また歩けばよい」
無理はしない。
だが、止まりもしない。
回復の足取りは
ゆっくりだが確かで
冬の道に
静かな続きが刻まれていた。




