第百六話 熱の夜、火のそばで
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
夜更け、囲炉裏の火が低く揺れていた。
伊東祐兵は布団に伏し
珍しく息が荒い。
「……これは、まずいですな」
島津豊久は額に手を当て
すぐに手を引いた。
「熱が高い。
無理をした覚えは?」
「……ない。
ただ、少し寒さが骨に来ただけだ」
その声にも力がない。
豊久は黙って立ち上がり
湯を沸かし、布を絞る。
手つきは慌てず
だが無駄がなかった。
「今日は、剣の稽古も、町歩きも無しです」
「……承知した」
額に冷やした布を当て
背に羽織を掛け直す。
火は強くしすぎず
部屋を均等に温める。
足元では小春が心配そうに近づき
黒猫は布団の端に丸くなった。
いつもより静かだ。
「祐兵殿」
豊久は湯呑を差し出す。
「少しずつでよろしい」
「……すまぬな」
「何を仰る。
今夜は、私の役目です」
夜は長く
熱は上がったり下がったりする。
豊久は何度も布を替え
水を含ませ
祐兵の呼吸を確かめた。
やがて、祐兵の息が少し落ち着く。
「……火の音が、よく聞こえる」
「ええ。夜は、正直になりますからな」
外では風が鳴っている。
だが、部屋の内は温かい。
夜明け前
祐兵は短く眠りに落ちた。
豊久はその様子を確かめ、ようやく息をつく。
「……回復します」
小さく、そう呟いた。
小春が豊久の膝に前脚を乗せ
黒猫は静かに目を閉じる。
熱の夜は
刀剣ではなく
気遣いで越えていくものだった。




