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第百五話 湯気立つ一杯
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
冷え込みの厳しい昼
伊東祐兵と島津豊久は
城下の通りへ出た。
風は鋭いが、町は普段どおりに息づいている。
「今日は
温かいものがよろしいですな」
豊久が腹を押さえる。
「ならば、うどんだ」
暖簾の短い店に入り
二人は腰を下ろした。
鍋の中で湯が踊り
出汁の香りが鼻をくすぐる。
やがて
湯気を立てる丼が置かれた。
澄んだ汁に、白いうどん。
刻み葱が少し。
「……これは」
豊久が箸を入れ
思わず息を吐く。
「寒さが
一口で退きますな」
祐兵も黙って頷く。
噛めば柔らかく
喉を通ると
身体の奥まで温かい。
足元では小春が丸くなり
黒猫は暖簾の隙間から外を眺めている。
店の湯気が
二匹の背を包んだ。
「派手ではないが」
豊久が言う。
「こういう昼が
一番、力になります」
「腹が満ちれば
心も落ち着く」
丼を空にし
代を払って外へ出る。
風はまだ冷たい。
だが、胸の内は温かかった。
街のうどんは
剣も策もいらぬ。
ただ静かに
冬の日を支えていた。




