第百四話 沁みる寒さ
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
朝、戸を開けた瞬間
冷気が刃のように入り込んだ。
いつもより、明らかに寒い。
伊東祐兵は一歩踏み出し
霜の張り具合を確かめる。
足音が、硬く鳴った。
「これは……」
島津豊久が肩をすくめる。
「今日の寒さは
冗談ではありませんな」
吐く息は白く
すぐに散らない。
空は晴れているが
その分、冷えが深い。
二人は黙って火を起こし
囲炉裏の前に腰を下ろす。
小春と黒猫は
いつもより近く
ぴたりと並んだ。
「寒い日は、
無理に動かぬのが一番だ」
祐兵が言う。
「ええ。こういう日は
身体の声を聞け、ということですな」
湯を沸かし
ただそれだけで
部屋の空気が少し和らぐ。
手をかざすと
指先にじんわりと感覚が戻る。
「不思議なものです」
豊久が呟く。
「寒さが厳しいほど
温もりがありがたい」
祐兵が頷く。
「寒さがあるから
火を大切にする」
外では
風が木を鳴らし
どこかで屋根が軋んだ。
猫たちは動かず
ただ目を細めている。
人もまた
同じだった。
その日は
多くをせず
語りすぎず
火のそばで過ごす。
いつもより寒い日は
生きることを
一つずつ確かめる日になっていた。




