第百二話 川魚と一献
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
日が落ち
囲炉裏に火が入ると
昼の冷えがようやくほどけ始めた。
伊東祐兵は
釣った川魚を手早く下ろし
島津豊久は徳利を温める。
「今宵は、魚が主役ですな」
「酒は脇役だ。
だが、いないと寂しい」
魚は串に打ち
軽く塩を振るだけ。
炭の上で、皮が音を立てて弾け
香ばしい匂いが立ち上った。
足元では小春が陣取り
黒猫は一歩引いた場所から
焼き加減を監督している。
「まだだ」
祐兵の声に
二匹は揃って尾を止めた。
焼き上がった魚を皿に移し
盃に酒を注ぐ。
「では」
「うむ」
酒を一口。
魚を一口。
酒の温みが喉を下り
すぐに魚の旨みが追いかけてくる。
「……これは」
豊久が思わず息を吐く。
「川が、そのまま酒になったようですな」
「水と火の間に
人が少し手を添えただけだ」
骨を外しながら
ゆっくり食べる。
急ぐ理由はない。
猫たちには
骨を丁寧に除いた身を少し。
小春は満足そうに喉を鳴らし
黒猫は無言で食べ終えた。
「酒は、ほどほどが一番ですな」
豊久が盃を置く。
「魚がある夜は
なおさらだ」
囲炉裏の火が爆ぜ
影が壁に揺れる。
外では冬の風が鳴っているが
内は静かで温かい。
釣り、火、酒。
それだけで
一日は十分に締まった。
川魚と一献の夜は
言葉少なに
ゆっくりと更けていった。




