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運命じゃない私の、新しい恋について  作者: 束原ミヤコ


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研究発表会



 リリアやナルヴィラを誘拐しようとしていた男たちは、兵士たちに拘束された。

 彼らのやり口は計画性はなく強引なもので、門兵を気絶させて城門から侵入し、それから二手にわかれた。


 リリアたちを誘拐することで騒ぎを起こしている最中、もう一方の者たちが城内に侵入して、明日の研究発表のために飾られていた亡き王女たちの遺品を奪いさろうとした。


 結果的にどちらも失敗に終わったが──遺産を奪おうとしていた者たちは、広間の中央に真っ青になって座り込んでいたという。


 彼らはしきりに「恐ろしい顔をした、女の幽霊を見た」と言っているそうだ。

 幽霊は二人だった。一人は骸骨の顔をしていて、一人は焼け爛れた顔をしていた、と。


 それを聞いたときに、リリアはオーウェンと顔を見合わせて微笑みあった。

 リンデルとアリル王女がまだ生きているように感じられた。


 彼女たちの魂は月にのぼったのだろう。だが、記憶の残滓のようなものがまだ少し残っている。

 それが、男たちを追い払ったのだ。

 真相はわからないが、ともかく男たちはオーウェンやシルヴァスの働きもあり、捕縛されて牢に入れられた。

 これから尋問をして、しかるべき処遇を受ける。


 王女を誘拐しようとしたのだから、二度と日の光の下は歩けないだろうなとオーウェンは素っ気なく言っていた。

 冷静な声音だったが、その声の奥底は怒りに満ちていた。

 それは騒ぎをききつけてやってきたハーヴェイや、ハーヴェイの息子たちも同様だった。


 ハーヴェイに抱きついて、今まで気丈に振る舞っていたものの、安堵したのか子供らしく怖かったと泣きじゃくるナルヴィラの姿に、彼らは男たちに激しく憤っていた。 


 騒ぎがようやくおさまり、シルヴァスは本来の目的だった花を研究発表会の会場に飾ると、帰路についた。

 オーウェンとリリアは、明日の確認のために美しく飾られた会場内を見て回った。


「何も盗まれなくて、よかったです。壊されてもいませんね。アリル王女とリンデルが、自分たちの場所を守っているのだと思います。ありがとうございます、二人とも」


 リリアは花で飾られた棺の前に膝をつき、祈りを捧げる。

 その傍らで、オーウェンも両手を組み目を閉じた。


「……リリア、君が無事でよかった。君が失われたり、傷つけられることを考えると、生きた心地がしない。ずっと一人でいいと思っていた。だが今の私……俺は、君のいない人生を、もう考えられない」


 オーウェンがリリアの手を取り、立ちあがらせる。

 リリアの両手を強く握って、祈るように彼はそう口にした。


 広間の窓にはめられた鳥をモチーフにしたステンドグラスから、月の光が何本も広間に差し込んで細い光の道を作っている。

 ウルは棺の上で羽を休めて、亡きリンデルやアリル王女を懐かしむように目を閉じていた。


「オーウェン様と出会って、私は、傘をさして雨の中を歩くことを覚えました。実はとても、驚いています。傘をさすと、濡れないのです。体も、髪も、服も。そんな簡単なことを、私はずっと忘れていました」

「それは俺も、きっと同じだ。これからもずっと、降りやまない雨の中を君と傘をさして歩きたい。そして、奇跡のようにのぞく晴れ間の美しさを、君と二人で見あげて、喜びたい」

「……オーウェン様、私は」


 リリアはオーウェンから手を離して、高い位置にある肩に腕を絡めた。

 背伸びをしても届かないので「少し、かがんでください」と、羞恥に頬を染めながら、密やかな声でお願いをした。


 不思議そうに顔を近づけてくれるオーウェンの唇に、自ら唇を押し付ける。


 まるで子供みたいな、たどたどしい口づけをした。


「……っ、リリア」

「オーウェン様がしてくださらないから、我慢ができなくなりました。あなたが、好き。私の全てを、あなたにさしあげたい」

「リリア。……俺がどれほど我慢してきたか、君はきっと思い知ることになるが、いいか」

「……思い知らせてください。あなたを、知りたい。もっと、たくさん」


 甘えるように言うと、強引に腕に閉じ込めるように抱きしめられる。

 ふと視線を感じた気がした。

 棺に座ったアリル王女とリンデルが、ウルを撫でながら「見せつけてくれるわね」「ふふ、いいわね」と、笑っている気がした。


 そして──。


 リリアは美しく化粧をして髪を整え、ドレスを着て、オーウェンの傍に立っている。

 研究発表会の会場には、クリストファーや子供を連れたジョセフィーヌ、そしてナルヴィラ王女やハーヴェイ、ティリーズ家の弟妹、他の貴族たちや商人たち、たくさんの人々が集まっている。


 オーウェンがよく通る声で今回の発見を説明する間、リリアはウルを抱いて真っ直ぐ背筋を伸ばして立っていた。


 それは、まるで物語の主役のように。


 けれど、人生に主役も脇役もないのだろう。皆が、自分の人生を生きている。


 それぞれの物語が、それぞれの人々にあるのだと、今のリリアは理解している。

 研究発表の終わりに、オーウェンは告げた。


「私は今回の研究の共同研究者である、リリアと結婚をしようと考えている。彼女は私の優秀なパートナーにして、皆は知っているだろうが、テネグロ図書館の幸運を運ぶ司書。私の最愛だ。どうか、祝福してほしい」


 こんなところで言うことだろうかと、リリアは顔を真っ赤にして視線をさまよわせた。

 まずはじめにハーヴェイが「おめでとう、これで俺もお前に来る結婚の打診を断るという仕事から解放される!」と大声で言い皆の笑いを誘った。

 それからナルヴィラが「おめでとう、リリア! 私の家族になってくれるのね!」と得意気に言った。


 それは違うと言おうとしたオーウェンの声は、あたたかい拍手にかき消される。

 はにかむリリアの手を取って、オーウェンはその指に、細い金の指輪をはめた。

 その指輪は、リンデルがアリル王女の誕生祝に贈った指輪を模して作られていた。


「月の光の道で、死が二人をわかつとしても、君を待っている」

「私も、あなたを待ちます。でもオーウェン様、できるだけ二人で長生きをしましょうね」

「あぁ、もちろん」


 リリアの言葉に、微笑ましい笑い声が起きる。

 鳴りやまない拍手の中、ナルヴィラが駆けてきてリリアに抱きついた。

 ハーヴェイがオーウェンの隣にやってくると、その肩を抱いた。




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