おばけくじらと人形の冒険
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アリル王女とリンデルの遺体は、丁重に棺に納められた。
花の中で二人一緒に。白い骨と、黒い手を組むようにして。
ハーヴェイの協力の元財宝は運びだされた。盗掘をされないように地下室は徹底的に調べられて、中は空に。
巨石群と『王女と魔女の地下室』は、岩壁や土の成分などを研究したのちに、観光地として開放をするとハーヴェイは言っていた。
リリアはほっとしていた。
アリル王女とリンデルの遺体がしかるべき場所に納められることがわかったからだ。
といっても土に埋められるわけではない。ハーヴェイは、オーウェンや歴史編纂室のみつけた発見を展示する博物館を作りたいと言っていた。
そこに二人の遺体も展示する。多くの参拝者が訪れるだろう。
多くの者が彼女たちの死を悼むだろう。
多くの者が彼女たちの安寧を祈るだろう。
それは長らく誰にも見つけられずに土の下にいた彼女たちにとって、幸せなことだろうとハーヴェイは言う。
オーウェンもリリアもその考えに賛同した。
彼女たちは、冷たく静かな土の下で孤独な時間を過ごした。
リンデルは日記に『知って欲しい』と書いていた。アリル王女とリンデルに何が起こったのか。リンデルは何故国を滅ぼしたのかを。
多くの人々が彼女たちの悲劇を知り祈りを捧げれば、たとえばオーウェンとリリアがいなくなっても、彼女たちのことは忘れられたりはしない。
そしてきっと、戒めにもなる。
人の思いが国を滅ぼすことや、それにより多くの死者が出ることを知っていれば──間違いを起こす者が減るのではないか。
「歴史とは間違いの積み重ね。そうした間違いを教訓として、俺たちは国をよりよい方向に導く必要がある。だから俺は、皆が学びを得ることができる図書館や、歴史を知ることができる博物館、歴史編纂室もだが、それらをとても重要だと思っている」
オーウェンやリリアの発見を褒めながらそう言うハーヴェイが、ラファル国王であることを、リリアは誇りに思った。
ハーヴェイを見つめるオーウェンの瞳は真摯な輝きに満ちていて、オーウェンもまた同じ気持ちでいるのだとわかった。
王都に戻ったリリアは、日常に戻った。
ウルはしばらく研究のために、城の研究棟に預けられることになり、オーウェンはハーヴェイから命じられた今回の発見の発表のために忙しくしていた。
疲れた顔で帰ってくるオーウェンに料理を作って待つことは、リリアにとって幸福だった。
今ではすっかり花屋のシルヴァスとも仲良しで、彼は時折売れ残った切り花をくれる。
リリアはそれをドライフラワーにしたり、ポプリにしたりして、シルヴァスに返した。
シルヴァスは「すごくよく売れるよ、リリアさん。リリアさんの手はまるで、魔法の手だね」と言って喜んでくれた。
土曜日、リリアはいつものように図書館の朗読会で本を読んでいた。
リリアの前には子供たちが並んでいる。
その中に、なぜか今日はナルヴィラ王女もいた。お忍びらしい派手さはないが愛らしい菫色のコートを着た王女は、子供たちと一緒に行儀よく座っていた。
リリアが『おばけくじらと人形の冒険』を読み終わると、子供たちが目をきらきらさせながら、拍手をしてくれる。
ラファル王国の識字率はまだ、王国民の半数には満たない程度だ。
絵本も読んでもらわなくては、自分で読めない者も多い。少しでも子供たちに文字に慣れ親しんでほしいというクリストファーの発案ではじめられた朗読会は、とても素晴らしいものだとリリアも考えている。
本を読み終わると、ナルヴィラがちょこちょことリリアの元にやってきた。
彼女は今日は、護衛と思しき男性と侍女の女性を連れている。
「リリア、会いに来たわ。リリアの声はとても、すばらしいわね。思わず聞き入ってしまったわ。毎日私に本を読んでほしいぐらいよ。図書館の司書をやめて、私の教育係になってくれないかしら」
「ありがとうございます、ナルヴィラ様。お気持ちだけ受け取らせていただきますね」
「そう言うと思った。リリアの朗読が聞きたかったら、ここにくればいいもの。今のは私のわがままよ」
相変わらずはきはきものを言うナルヴィラは、リリアの手を握って児童書が並ぶ書架にリリアを連れて行った。
「本を借りたいと思ったの。お城にも図書室はあるけれど、大人が読む本ばかりだわ。私、さっきのおばけくじらの話のような、本がいい」
「では、いくつか選びましょうか。ナルヴィラ様は、お姫様が出てくる話と、勇ましい冒険の話、どちらがいいですか?」
「勇ましい冒険の話がいいわ。オーウェンやリリアのように、宝物を探す話がいい」
「ふふ……わかりました」
リリアはナルヴィラに『アルバの冒険』という児童書を紹介した。冒険家の青年が様々な困難に立ち向かう話だ。ナルヴィラは全二十巻あるその本を、五巻まで借りていくと言った。
貸し出しの手続きをしようとすると──テネグロ図書館の入り口から、ふらふらと、顔色の悪い男が入ってくるのに気付いた。




