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運命じゃない私の、新しい恋について  作者: 束原ミヤコ


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魔女リンデル



 ◆


『許せない。許せない、許せない、許せない』


 そんな言葉の羅列を、リリアは指で辿った。

 テネグロ図書館の、第三書庫。古代文字で書かれた古い時代の本がおさめられた場所から『ある王女の日記』を第一書庫の明るいテーブル席に持ってきて広げている。


 毎日休憩時間に熱心に本を読んでいるリリアと、そしてオーウェンの調べものに興味があるのか、おおよその来館者が帰ったあとの閉館時間前に、リリアとオーウェンの他に、クリストファーとジョセフィーヌがテーブルに集まっている。


「どうしたの? 何か変なことが書いてある?」


 古代文字なんて全く読めないと言うジョセフィーヌが、リリアの不安げな表情に気づいて尋ねてくる。

 ここまでかなり、日記を読んできた。


「はい。……もうすぐ日記も終わりに近いのですけれど、記述があまりよくない方向に進んでいるようです」

「よくないとは、なにかな」


 クリストファーが興味深げに言う。彼もまた、古代文字は読めない。

 第三書庫に古代文字の専門家を雇いたいと思っていたようだが、残念ながら今までそういった人材はみつからなかったのだという。


「リンデルの記述です。怒りに満ちています。この前の日記……アリル王女の記載は、とある騎士公爵との結婚が決まったという報告で終わっています。その後交換日記はなされず、リンデルのみが続きを書き綴っていますね」

「アリル王女の日記は、ある王女の日記でのみ続いている。あまりよい方向にはすすまなかったようだな。アリル王女は嫁いだが、彼女を恨んでいた異母妹に夫を奪われ、彼女は……」


 オーウェンがある王女の日記の最後のページを開いて、リリアに見せた。


『明日私は、処刑をされる。姦淫の罪なのだそう。冤罪だが、私には証明するものがない。私と愛し合ったという馬番の男は、姦通罪で先に処断をされた。可哀想に。私に優しく話しかけてくれたというだけなのに』


 そこに書いてある記述をリリアが読み上げると、ジョセフィーヌが憤慨したように肩を怒らせて、クリストファーは腕を組むと悩まし気に溜息をつく。


「冤罪で殺されるなんて、ろくでもないわ」

「そうはいっても、ジョセフィーヌ君。ラファル王国もつい最近までは姦通罪で処罰をされる事例があったんだよ」

「クリストファーさんのつい最近っていつですか」

「百年前ぐらいかな」

「それは最近とはいいません。ガス灯もなければ、鉄道もない時代のことですよね」


 いつの時代の話をしているのかと、ジョセフィーヌは呆れたように言った。

 百年前というのは、かなり昔のようにリリアも感じるが、古代が今から何百年も前の時代だと思えば、百年前などつい最近なのだろう。


「それで、リリア。王女は本当に処刑をされてしまったの?」

「王女の日記は、処刑をされるだろう……というところで記載が終わっています。異母妹はアリル王女の夫を奪い、嘘を吹き込んでいたようですね。偽りの証拠をでっちあげ、王女を孤立無援にした。王女は愛のない結婚に疲れ、世を儚み、抵抗する気力も失っているようです」


 まるで、在りし日の私のようだと、リリアは思う。

 戦うには、気力がいる。戦い続けるというのは、とても難しいことだ。

 

 王女は、おそらくはずっと戦い続けてきた。母を失い、リンデルを失い、ひとりきりで──取り巻く環境や父王に立ち向かってきたのだ。


 心がぽっきりと折れてしまったのだろう。淡々と綴られている簡潔な文から、それがひしひしと伝わってくる。


「その続きが、交換日記のリンデルの記述だ。許せないと、三頁にも渡って書きなぐっている。その次のページでは……」


 オーウェンが頁をめくった。


『私は魔女と呼ばれているけれど、魔女の力など私にはない。少し詳しいだけ。薬草学に詳しく、機械工学にも詳しい。薬を作るのが得意で、罠をつくるのが得意で、それから動物と心を交わすことができる。それが魔女の力というのなら、そうなのだろう』


 それははじめて語られる、リンデル自身のことだった。

 リンデルは今まで、アリル王女の心配と、リンデルが住んでいる場所についての話しかしなかった。

 追放された辺境の地で、リンデルは畑を耕し、本を読み暮らしている。

 辺境にはあまり人は住んでいない。隣国との国境では諍いが起こっているが、そこから離れてしまえば静かなものだと、彼女は語っている。


 リンデルの出自について書かれたのは、最後の頁がはじめてだ。


『家の鼠たちを集めて遊んでいたら、家族は私を気味悪がった。寄宿学校に入れられた私は、ずっと一人だった。気味の悪い女だと皆が言った。私の友人は、動物だけだった。そこに現れたのが、フィオナ。私の光。私の全て。私の親友』


 フィオナとは、アリル王女の母の名だ。

 寄宿学校で優しく声をかけてくれたフィオナに、リンデルは思慕に近い感情を抱いていた。

 彼女のために生きると決めて勉強に打ち込んで、現代でいう王都大学と同じような施設、王立アカデミーを卒業後にアカデミーの院生となり、賢女と呼ばれるまでになった。


 そこに、フィオナの悲報が飛び込んできた。フィオナの忘れ形見を守ると彼女は決めて、アリル王女の侍女になった。


『アリルに危害を加えるものたちに、制裁をあたえた。薬で顔を爛れさせ、階段に細工し足を踏み外させた。野犬に命じて襲わせた。魔女と言われ糾弾されたとき、アリルは泣きながら私を庇ってくれたが、全て私がやったこと。アリルを傷つける者など死ねばいい。全て、死んでしまえばいい』


 赤裸々な本心は、フィオナとアリルへの愛に、同時に怒りと憎しみに満ちていた。

 それを語るリリアの声が震える。なんて純粋で──苛烈な愛情なのだろう。


『でも、私が傍にいればアリルは不幸になる。私のせいで、アリルは余計に誰しもから嫌われた。おそろしい女だ、氷のような、冷酷な、魔女を操る女だと。アリルは何もしていない。私が勝手に行ったのだ。アリルの復讐など可愛いものだった。父王の下着に浮気者と書くような、可愛らしい私の、アリル。私はアリルを娘のように思っていた。それなのに、それなのに』


 何が起こったのか、その先を読むのが少し怖いと感じる。

 そんなリリアの肩に手を置いて、オーウェンが先の記述を代わりに呼んだ。


「アリルの処刑を聞いて、リンデルはすぐに王都に駆けたようだ。アリルの亡骸は、残酷なことに王都の広場に吊るされ、晒されていたらしい。この時代、処刑は一種の群衆の見世物、娯楽だった。美しいアリルの残酷な末路を皆が楽しんでいたのだな」

「最低だわ」

「時代が違うんだよ。でも、今もさほど変わらない。ほら、皆、新聞を読んで楽しむだろう? 貴族のスキャンダルや殺人事件、そういったものを娯楽としている」


 クリストファーの言葉に、そういうものだろうかと、ジョセフィーヌは不満げに眉をよせた。

 リリアは胸に手を当てる。

 アリルの亡骸を目にしたときのリンデルの気持ちを考えると、心臓が押しつぶされるような痛みを感じた。


『私は、アリルを奪ったこの国を、滅ぼすことに決めた。これから私は隣国に渡る。あちらの国を掌握し、王を籠絡し、軍を支配し、この国を滅亡させる』


 それは悲壮な決意だった。どんな手を使ってでも復讐を果たすと、リンデルは決めていた。


『もし誰か、後の世の人々がこれを読むことがあるのならば。悪女リンデルの名が残っているのならば、知っていて欲しい。理解して欲しい。私は私のために国を滅亡させたのではない。全ては愛のために。愛は、国を滅ぼす。私はそれぐらい、フィオナとアリルを、愛していた』


 全てを読み終わった後、気怠い沈黙がその場には満ちた。

 他者の人生をほんの数刻で全て体感したような疲れと、やるせなさをリリアは感じていた。

 

 最後の頁を、リリアは撫でる。

 ふと違和感に気づいた。分厚い裏表紙の奥に、空洞がある。


「オーウェン様、裏表紙の奥に何かがあるような気がします」

「……確かに」


 オーウェンはコートの内側からペーパーナイフを取り出して、裏表紙にさくりとナイフを刺した。

 そのまま慎重に裏表紙にはられた紙をくりぬいていく。

 

 紙の奥は空洞になっており、そこには一通の手紙が隠されていた。









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― 新着の感想 ―
蔵書に躊躇いなくペーパーナイフを!?!? 王子ならいい…のか?
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