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Chapter11~12

●11 ロケバス



 指定した地点に向けて、TV番組で使うような大型のロケバスが、夕暮れの道を走っていた。

 中では、わたし、ダグ、サキの三人が、後部の三方ソファーにそれぞれすわってくつろいでいる。

 車のAIには最大限の速度を指定していたが、制限があるのでそれほど速くはならず、揺れもなかった。

「なかなか快適じゃないか、よくこんなの見つけたね」

 真ん中でリラックスした表情のダグが、両手を背もたれにのせ、周りを見渡した。

「帰りには四人になります。大勢だから普通のタクシーでは狭いですから」

「四人……そうなってほしいね」

「絶対そうなる。でないと、帰られへん」

 サキは、赤い皮パンツの足を高々と組んだ。

 手には優雅にグラスを持っている、ただし入っているのは水だ。

「ふーむ、そうやってるとキミは刑事ものの女優みたいだよ、サキくん」

 ダグがわざと明るい声を出した。

 そのダグをちろっとみて、サキもあわせるように、

「ふっ……アンタこそ、粋な探偵みたいで素敵やで、ダグ」

 と、グラスをあげた。

 見るとテレなのか、冷静なサキにはめずらしく頬を赤らめている。

 わたしはかるく咳ばらいをした。

 もちろんアンドロイドでも異物の排出に咳はする。だけど今回はわざとだ。

「ところでサキさん、パトカー帰しちゃってよかったんですか」

 サキはグラスの水をひと口飲み、ちょっぴり真剣な表情になった。

「まあ、しゃあないやろ。もともと、これは公務とは言えんしな。彼もあとで訊かれたら困るやろ。ウチはナルシアを知ってて、娘のサーシャも助けたいけど、他の人間には、わからん」

「すみません。ご迷惑を……」

「気にせんでええ。ナルシアは若いころ、ちょっとグレよってな、ウチが親身になってやった経緯があるんや。ウチの家でしばらく暮らして、なんや情がわいてもうて……亡くなったと聞いた時は、辛かった……」

「それはわたしも知りませんでした」

 ソファーに身をまかせたサキが、昔をなつかしむように目を細めた。

 きっと、わたしには知らない絆が、二人にはあるんだろう。

「まあアンタが生まれる前のこっちゃ……」

 窓を走る景色が、だんだんとビル街にかわる。

 高速道路に乗ると、指定した地点に向け、ロケバスはますます速度をあげた。

「それにしても、まさか自分から位置情報送ってくるとは、犯人はバカだねえ」

 それまでサキを見つめていたダグが、わたしの方を向く。

 わたしは、さっき届いたメールの内容を思いだした。

 わたしの送った、

(ニケの新作を送るから位置情報をください)

 という偽メールに対して、

(ホントですか?!新作、気になってたんで嬉しいです!位置情報はここです!よろしくお願いします!)

 と、まるで無邪気に返信してきた人物がいて、その送られてきた位置情報というのが、北部二か所の消費電力地点のうち、一か所とどんぴしゃ、重なっていたのだった。

 つまり、地下に消えた犯人たち。

 その足跡情報、電力消費量、そして限定百九のスニーカーを履いている人間の位置情報。

 そのすべてを総合すると、あるひとつの地点を示していた。

 確率的には、ほぼ間違いないと言っていいはずだった。

「ところで、差しつかえなければ、なんだが……」

「なんですか?ダグさん」

「ナルシアは、なぜ亡くなったんだい?」

 突然の問いかけに、一瞬とまどう。

 目的の地点まではあと三十キロ……。

 時間はたっぷりあった。

 ふと見ると、二人は真剣な表情でわたしの顔を見ていた。

 どうやら、ダグだけでなく、サキも訊きたかったらしい。

 ナルシアの死の真相は公表していない。

 それを知っているのは、わたしとサーシャ、そしてハッカーのピーターだけだった。

「事故だったんです。あれは……」



 今から4年前、ナルシアは工学博士として、アンドロイドに感情回路を導入しうる、画期的な理論を思いつき、その実証実験を行っていた。


 ある日のこと。

 身体にたくさんのコードをつなぎ、リビングの真ん中のイスにすわるナルシア、そして、そばには制御装置のラックがあった。

 目線を撮影するための、特殊なサングラスをつけ、かぶったヘッドギアには、電極がたくさん刺さっている。

 身体のあちこちには、点滴のときに使うような、長い針が刺さり、透明なパイプで、赤い血液がデータ記録制御装置に送られている。

 その状態で、ナルシアはブレットを操作していた。

「この装置は血液中のアドレナリン、ヌルアドレナリン、セロトニン、ドーパミン、そのほか感情に影響を与える物質の、含有数値をとりだすことが出来るのよ。感情に影響を与える物質が、どんなときに放出されて、どう変化するかを記録することで、アンドロイドに感情回路を組み込むための、価値変動計算式が導かれるはずなの」

「ナルシア、このまま一週間すごすのかい?危なくないか?」

「まあ大丈夫でしょ。念のために脳保険に入って、ブレインデータもコピーしたし……。いろいろ手作りだから、安全とはいえないけど、科学には危険はつきものなのよ」

 それから一週間ほど、ナルシアは妙なヘッドレストと、機械をぶら下げたまま、スーパーで買い物をしたり、ビニールで厳重に濡れないようガードして、シャワーしたりした。


 そしてあの日がやってきた。


「じゃあおやすみ、ナルシア」

 わたしはヘッドギアをつけたまま、ベッドに休むナルシアのおでこにキスをした。

「おやすみモルドー」

 わたしが部屋を出て、ナルシアも眠りについた深夜、ナルシアのデータ記録制御装置にイレギュラーな通信が行われ、激しく稼働し始めた。

 ハッキングだった。

 わたしはそのことを、充電スタンドへの緊急通信で、知らされた。

(モルドー、ナルシアになにかがおこっている)

 ピーターからの通信だった。

 わたしはすぐに目覚め、寝室へと急いだ。

 あとから知ったことだが、それはナルシアの研究を盗もうとして、だれかが制御端末をハッキングしたことで、引きおこされたシステムの暴走だった。

 そして、その暴走は、ナルシアの脳幹の背部にある網様体に、わずかな電流を流すことになってしまった。

 そこにある、致命的な神経部位を破壊して。

「ナルシア!」

 抱きおこしながら、制御ラックにある生命維持モニタのアラームを見ると、呼吸の停止が表示されている。心臓には異常がない。

 いけない!脳のマップは?

 すばやく目を走らせる。

 ラックの中央にあるマップモニタに、「reticular formation(網様体)」部位の異常。呼吸中枢だ!

 彼女の瀕死を察知したわたしは、ナルシアに人工呼吸を行う。

 ナルシアの口をひらかせて、自分の口をかぶせ、大きく息を吹きこむ。

 そうしながら、わたしは自分のAIから呼吸神経電流を供給しようと考えた。

 なにか、なにかないか……。

 ナイトテーブルにくだものを剥くためのナイフがあった。

 それを取りあげ、自分の後頭部にガッと突き立てる。

 ナイフでこじあけ、制御装置からのクリップを手探りで自分のチップ端子に接続する。

 反対側の電極をのばし、差し、制御装置の出力電極をナルシアの脊椎に……。


 バシーッ!


「!」

 目から火花が散る。

 制御装置は、まだ暴走している最中だった。

 わたしのチップに過電流が流れ、大きくダメージを受けてしまった。

 嗚呼、わたしからの呼吸制御は無理だ。

 あとは、ナルシア自身が呼吸を取りもどすしかない。

 わたしは電極コードにからまれたままのナルシアを抱きおこした。

「息を……するんだ、ナルシア」

「……モル…ド…サーシャを……おね、が」

 目にしだいに光がなくなっていく。

 わたしは、人間から生命が抜け落ちる瞬間を見た。

 同時に、わたしの量子チップも停止していく。

「あ……あ」

 わたしもまた、シャットダウンしてしまったのだった……。



「ナルシアは知り合いのハッカーエンジニアに、ハッキングへの監視を依頼していたんです。わたしはそのあと、駆けつけてくれた彼――ピーターさんによって復活することができましたが、ナルシアは……」

 二人とも、声をあげられずにいる。

「原因は、ナルシアとわたしの認識が甘かった。それにつきます」

 その後、ピーター氏の手によって復旧したわたしは、事故の記録をなんども再生して、犯したミスの原因分析を行っていた。

「そもそもは異常なアクセスへの防御の甘さ。ついで、制御装置とナルシアの接続を瞬断するような安全装置を設けていなかったこと。さらに、それでもあの時、わたしがナルシアのもとに行かず、すぐに全館停電にふみきっていれば、ナルシアが助かった可能性がありました」

 わたしたちは少しのあいだ、黙りこんだ。

 やがて、その沈黙をやぶったのはダグだった。

「キミのせいじゃないさ。私的な実験装置に、そんな攻撃があるなんて、思いもよらないことだ」

 肩をすくめて、首を横にふった。

「認識の甘さ、か。ナルシア、ああ見えて慌てもんやから……」

「で、犯人はわかったのかい?」

「だめでした。わたしも、ピーターさんも、いろいろ調べたんだけど、結局はわからなかった。世界中のダミー端末を経由して、無数のアクセスがされてたんです」

 車が高速道路から外れ、幹線道路に降りて目的地へと向かいだした。

 もうすっかり暮れ、群青色のとばりが降りている。

 ダグはその車窓から街並みをながめ、悲しそうな目になった。

「サーシャちゃん、泣いたろうね」

「はい、それはもう……。最初は泣くばかりで、ナルシアの突然の死を、受け入れられなかったようでした。でも、だんだん明るさをとりもどして……今はナルシアの代わりに、アンドロイドへの感情回路を完成させることが、サーシャの夢になりました」

 辛そうに眉をひそめていたサキが、ふう、とため息をついた。

「泣かせる……ほな、なおさら助け出さんとな。サーシャちゃんを……」

 脇の下から銃をとりだしたサキが、その狙いを、見えない敵につけた。



●12 敵は世界連盟?



 ドン、ドン、ドン!

「ちょっと!開けなさい!こんなところに閉じこもったって無駄よ!」

 ドンドンドンドン!

「ひぃっ!」

 ボクは耳をふさいだ。

 機械室の分厚い鉄扉のむこうから、あのエンドアと名乗った、女医さんの声が聞こえてくる。

「サーシャ、開けてください。危害はくわえませんから」

 あーっ、フレドもいるみたい。

 とにかく、なんとかしなくちゃ。

 ボクは部屋の隅でうずくまって、考えをめぐらせていた。


 鉄のハシゴ段のハッチは、ボクの力じゃ持ち上げらんない。

 このドアだって、鍵はかけたけど、外から開けられちゃうかもしんない。

 てことは、ドアが開けられる前に、なんとかハッチを持ち開けて逃げるしかない。

 ハッチを持ち上げる方法は……?

「……」

 外でなにかしゃべってる。

 ボクは勇気を出してそっと近づき、耳をすませてみた。

 ボソボソ……。

 なんか、ひそひそ話してるみたい。

 ボクはドアに耳をつける。

「……ここの鍵はないの?」

「記録にはありませんが、探してみましょうか?」

「だめ、待てないわ。それよりもタルカスはどこにいるの?彼ならこのドアくらい、破壊できるでしょ」

「今は充電中です」

「コマンダーは8時間だっけ?」

「はい」

「じゃあもう8割完了してる。すぐ起こして。アタシは部下をつれて、外からハッチをあけるわ。お前はここで見張っててちょうだい」

「わかりました」

 た、大変だ!

 外に出る他の出口があるんだ!

 そっか!ここは地下道の中だもの。出入口はいくつもあるんだ。

 だからいったん外に出て、あのハッチを外から開けて……。

 ヤバい!ここに入ってこられるじゃん!

 エンドアが駆けていく気配がする。

 どうにかしなくちゃ。

 ここを開けてフレドと戦う?ゼッタイ無理!

 だったら説得するしかない。

 ボクはそっとドアに近づいた。

「ねえフレド、お願い、助けてちょうだい」

 お願いするのは得意じゃないけど、フレドはたぶん、優しい民生用のアンドロイドだ。

 合理的な説得なら、応じてくれるかも。

 フレドは、ドアの向こうで耳をすませている気配。

「フレド、これって違法行為でしょ。ボクは厚生省に協力して、血液抗体を採取することになってるんだよ。そうしないと人間がいっぱい死んで、世界が大変なことになるかもしれないんだ」

「……」

「ねえ聞いてる?フレド」

「聞いています」

 フレドの静かな声音がした。

 感情を持たず、興奮しないアンドロイドって、こういうときありがたいよね。

「フレドはアンドロイドでしょ?悪いことしてると『個体回収』されちゃうよ?あのエンドアっていう女医さんも、きっと悪い人なんだからね」

「それは違います」

「え?ど、どうして?」

 ちょっとだけ、間があく。


「われわれは世界連盟の、グレートシャイニー皇国支局に属しています。世界連盟はこの国も加盟する、国際公的機関ですから、けっして悪ではありません」


 フレドったら、見えすいた嘘をって、あれ?

 民生用アンドロイドは嘘つけないよね。え、うそ?!

「あなたをわれわれがお連れして、強制的に血液の全量採取をすることは、この国の政府との合意の上です。ですから、違法ではなく、いわば超法規的措置になります。合理的に考えて、あなたも従うべきと考えます」

……ちょっ、いま、全量って言わなかった?

 強制的に全量採取って全部の血を採るわけ?

 でも、今、話のテーマそこじゃない。

「そんなわけないでしょ。だったら、普通に厚生省が強制?やればいいじゃん!」

「政府が強制的に手を下せば、国民の反発が予想されます」

 ボクの頭に、いっぱいニュースやらデモやらの映像が、フラッシュする。

 そ、そんな理由で?

 だからって、自分の手を汚さず、誰かにやらせるって、ありなの?

「サーシャさん、私は人間が好きです。どうか世界中の、多くの人間を助けるために、あなたの命をくださいませんか」

 やだ!ボクの方が説得されそうだよ。


「ソノドアデスカ?」

 急にフレドの背後から別の声がして、ドアのむこうが、あわただしくなった。

「タルカス、このドアの鍵を壊せますか。中に人間がいるので、ケガさせないように注意してください」

「外側ノコンクリートヲ破壊シテ、枠ゴト外シテイイデスカ?」

「問題ありません」

「デハ、イツデモ」

「サーシャさん、危険なので下がってください。ドア付近の壁を破壊します」

 ボクは混乱しながらも、変電室の反対側にもどる。

 ボクにもなんかわかってきた。

 彼らが世界連盟のグレートシャイニー皇国支部なら、政府とも合意の上で、これをやっているんだろう。

 この地下の基地も、きっと政府の協力で急遽つくったんだ。

 あー、それよりなんか武器ないかな?

 フレドが入ってきた一瞬を狙って攻撃すれば、ワンチャンあるかも。

 まわりを見てみる。

 大きな電源トランスの床の、二十センチ角くらいの、磁器質のタイルが剥がれかかっていたので、それをひっ剥がしててコンクリートの角で割った。


「ちょっと待ってフレド、オシッコしてるの。あと一分だけ」


 ひえ~~ボクったら、なんてことを!

 ええい、もういいや!このまま行こう。

 部屋の反対側に急いだ。

 尖った三角形のタイルを持って、例のハシゴ段をのぼる。

 最後にもう一度だけ、ここをやって、だめならフレドをやっつけよう。

 ドガッ!

 部屋中に、強い振動が走った。ドアの破壊が始まったんだ。急がなくては!

 ハシゴ段を登り、ハンドルに手を伸ばす。


――クル、クル。


「え?」


 突然、ハンドルがまだ触らないのに回った。

 ヤバイ!こっちにも敵が回ったんだ!

 ボクは片手でタイルのかけらをかまえた。尖ったところを顔にぶつければ、ひるんだすきに逃げられるかも。

 がちゃ!

 あれほど重かったハッチなのに、簡単に持ち上げられて、開いた。

 今だ!

「サーシャ!」

 顔を出したのは、モルドーだった。




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