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エピローグ

●エピローグ


「それで?」

 と、お母さんがホロモニタのむこうから訊く。

 白いオーバーシャツをゆったり着て、デニムのパンツを履いたボクが、バランスボールにまたがって答える。

「もうモルドーったらフレドのことなかなかよく言わないんだよ。ボクはすごく頑張ってると思うんだけどな」

「父親って娘のボーイフレンドは気にくわないものなのよ」

「そんなもんかなー」


「まーたナルシアにわたしのこと言いつけてますね?」

 モルドーがエプロンをつけて、ニンジンを持ったまま、顔をひょいとのぞかせた。

「ねえお母さんからも言ってやってよ!ハオレンの両親登録をそろそろしないといけないんだって。ボクとフレドにするか、モルドーとナルシアにするか、きめないと」

「サーシャはまだ十五になったばかりでしょう?それにフレドでホントにいいのかはまだ」

「ふん!ジジー」

「なっ……!」

 ボクは愛情こめてそういってやった。

「でもサーシャ、訊いてみるとフレドだってけっこうトシ……」

「フレドはブレインデータだけ送ってもらって移植したから筐体は最新式だし、そもそもインテリジェンスもかなり高いのよ。そりゃ廉価版にしちゃモルドーだってがんばってるけどさ」

「さ、さあしゃああ!」

 モルドーがその先をいう前に、ボクはさっと立ち上がった。

「さあて、そろそろハオレンが帰ってくるころだし。ドローンターミナルまで迎えに行ってきまーす」


「行っちゃったわね」

 ホロモニターの中でくすくす笑うナルシアに、わたしは片方の眉をあげて苦笑した。

「ふう、困ったもんだよ。ハオレンを引きとった時もずいぶん揉めたけど、最近はますます……」

「あなた最近魅力的よモルドー」

 ホログラムのナルシアが唐突に言ったので、わたしは面食らってしまう。

 胸がトクン、と鳴った。

「ど、どうしたんだい急に?」

「ううん、サーシャに任せてよかったと思って」

「感情回路のことかい?」

 わたしは肩をすくめた。

「おかげで世界中のアンドロイドが困ってるよ」

「あら、どうして?」

「いろいろと人間的になってしまって、怒ったり笑ったり、結果、電気消費量が増えたってさ」

「あ、そういえば、もうすぐ表彰式なんでしょう?」

「そうなんだ」

 サーシャはあれからついに感情回路の方程式を完成させ、特許もとらずに公開した。

 そしてそのサーシャの感情回路のあまりの評判の良さに、各社はこぞって自社のAIに組み入れアップデートしたから、それこそ一夜にして、世界は喜怒哀楽と意外性に満ち溢れた楽しく多彩なものになってしまった。

 それだけではない。

 このとき、サーシャは、アップデートを通じて世界中のアンドロイドにある『お願い』をした。

 それはナルシアとの対話から生まれた体内物質と抗体との関連性に対する推論からなされたものだったが、その結果、サーシャのもとには十億人分以上の体内物質データーが集積し、結果的に何千人もの抗体保有者を見つけることができた。

 この二つの驚異的な成果を突如成し遂げた若き天才科学者に、世界は驚愕し、世界アンドロイド評議会は、サーシャが十五歳になった今年ついに『永世プロフェッサー』という世界中のだれもが認め、欲しがる称号を贈ることをきめた。

 この称号があればいつでもどこでも講演を行ったり、研究グループに参加したり、政府への提言ができるという噂だ。

 とはいえ、わたしの娘サーシャはすでに世界一有名な十五歳の美少女で、政府の中枢にも影響力を持つエンジニアだから、称号なんて今さらという気もする。

 まあそのサーシャの提言のおかげで、こうしてナルシアとも、好きな時に会話することが出来るわけだが……。

「ちなみに、その表彰式にフレドを伴っていいかどうか、というのが、最近の親子ゲンカのトレンドだよ」

「いいじゃないの、連れて行っても」

 いやいや、とわたしは冷静に思った。

 ナルシアはわかってないのだ。フレドは意外に優柔不断で、もしかすると浮気性じゃないか、というのがわたしの見立てだ。実際、見知らぬ女性に気持ちの悪い笑顔でやさしくしているところを私は見た。それに……

「たらいま~~~」

 ハオレンの元気な声がした。幼学校から帰って来たらしい。

 このくらいの年齢が一番かわいくていいな、と思う。

「おっと、つい話しこんでしまった。そろそろお昼ご飯の支度をしないと」

「そうね。二人がお腹すかせてるわ」

「今夜はダグにライブを招待されてるんだよ。あとでみんなで出かけるからね」

「それは楽しみね。行ってらっしゃい」

「ナルシア」

 わたしはホログラムのナルシアを見つめた。

「なあに?」

「……ずっと会えるようになって嬉しいよ」

「私もよ」

 リビングに二人が騒ぎながら入ってきて、部屋がパッと明るくなる。

 満面の笑みで抱きついてくるハオレンを持ちあげ、わたしは最高に幸せな気分を味わう。

 さて幼学校での話を、うんと聞いてやるのだ。



 興奮した大勢の観客が詰めかけていた。

 今日はあのダグさんが生みの親の、ニケの五人組アイドルグループ『スターK』のライブなんだ。ボクらあの時の仲間たちは、みんな招待されてる。

 アイドルたちの姿をデコレートした、派手な入場門から見上げると、『スターKライブin首都武道館』という大きな看板が、建物の屋根にかかっている。

 スタンド花がところ狭しとならぶ、広い通路を入ると、愛想のいい係員が二階の関係者席に案内してくれた。

 あ、みんなもやってきた。


 あの時の仲間が、思い思いの格好をして、ボクやモルドー、ハオレンとハイタッチしてる。


 ダグさんたら、今はこうやってアイドルたちの担当部長になって、ライブ活動なんかが主な仕事みたい。おかげで本業のスニーカー販売は、さっぱりやっていないらしいけど、ニケのシューズを履いてくることが、ライブへの参加ルールだったりして、それなりには会社に貢献してるらしい。

 ダグさん自身も最近はコメンテーターやってりしてて、もうすっかり芸能人だよ。


 ピーターさんは、今も気ままなハッカーをやっている。

 ボクともしょっちゅうAIの次世代通信技術について、意見を交換してるけど、彼のネット技術はいつも最先端だ。

 そういえば、あの冒険のあと、最初にピーターさんと会ったとき、彼が黒のフーディーかぶったいかにもハッカーな格好しているのを見て、ボクらは笑いころげたっけ。だって、普通にしてれば、けっこうイケメンなんだよ。


 サキさんは警察をやめて、警備用アンドロイドへの教育法人を立ちあげた。

 意外にも経営手腕を発揮して、この二年ですでに大手になりつつある。

 なんといっても、彼女の関西弁なのに冷静、それでいてイザというときは頼りになるという、不思議なキャラクターを社員みんなが愛してるんだそうだ。

 今日は若くて熊みたいなパートナーといっしょに来て、仲の良いところを見せつけてる。

 

 フレドが来た!


 彼とは毎日話をする。

 感情回路のパラメーターはやや自己顕示的、口かず多め、ちょっぴりあわてもの。

 最近はすっかり人間ぽくなって、それはいいことなんだけど、なんとなくチャラ男になったのが気になるかな。でも本当は真面目なんだよ。

 今はモルドーにないしょで、サキさんの会社にも通ってるんだ。


 会場がすーっと暗くなった。

 観客が歓声のあと、静かになって固唾をのんで待つ。

 どーーーん、と大きな音が鳴り、そのまま強烈なイントロ。

 ステージが真昼のようにバッと照らされ、真っ白に輝く。

 ボクらは弾けるように立ち上がって、大きく声援をおくった。


               了


 SF的な物語を目指してみましたが、いま読み返してみるとモルドーの感情のなさが、あまりにも小説全体のトーンになって地味すぎますね。そのぶんもっとサーシャをかっとんだキャラにすべきでした。時間を見つけていつか全面改稿したいです。

                           TAI-ZEN

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