01
「地上は聖女ミーアスの支配でどんどん変わってしまっているけど、でも、まだ間に合うよね」
小妖精リリアは自らの羽根をたたみ、ララベルの肩に乗ってからポツリと不安を漏らした。その言葉には、過去でさえ操れる可能性を持つ聖女ミーアスに、恐怖を覚えている様が感じ取られた。
「幸い、私は未来の情報を持って過去に帰還することが出来るわ。聖女ミーアスの力の源を探し出して、悲劇を回避するの」
震える小鳥のような仕草のリリアを宥めるように、優しく落ち着いた声でララベルは過去修復の計画を語る。
「うん……ありがとうララベル。きっと過去の世界で頑張っているイザベルも、同じことを言うと思うよ。やっぱり、二人は同じ生命の樹の系譜を持つ魂なんだね」
怯えた様相を見せていたリリアに、僅かながら笑顔が戻った。本来ならば、リリアが肩に乗るべき人物は、ララベルの子孫イザベルであったはずだ。逆行転生という魂の入れ替わり現象によって、不可抗力で未来の情報を得てしまったララベル。だが、彼女は驚くほど冷静だった。
そしてその冷静さは、イザベルとも共通するものがあり、やはり二人は同じ生命の系譜であるとリリアの心に確信させる。だからといってその生命の系譜に、まさか精霊官吏のティエールも含まれているとは……リリアには想像出来ていなかった。双子の姉妹の生命の枝が過去に分かれて、ティエールとイザベルという二人の男女を結びつける未来を導くとは、因縁とは不思議なものである。
――その時までは、双子の生命の枝は再び結ばれるはずだったのだ。
きっと、全てが上手くいく。
遠い遠い未来の血縁であるティエールが、笑顔で出迎えてくれる。時の旅人ララベルは、地上から精霊界に戻るワープゲートの波に身を任せながら、そんな風に考えていた。それはもう、至極当然のように。しかしながら現実というものは、時として無情なものである。
* * *
「おかえりなさいっ。ララベル、リリアッ!」
長閑な田園風景、全ての魂を迎え入れる精霊界の修道院は、ララベルにとってもホームとして機能していた。
しかしながら、出迎えてくれたメンバー構成は思っていたものではなかった。まとめ役である精霊神官長、無口ながら気遣いが出来る騎士ロマリオ、魔法使いの見習いである少女ミンファ。ララベルと顔見知りとなった精霊達が皆、出迎えに訪れたがティエールの姿だけがない。それどころか、ティエールという存在そのものの気配が無い。
言い知れぬ違和感を覚えながらも、ララベルは平常心を心掛けながら報告を進めるため事務室へ。
「これが大まかな報告内容です……」
「お勤めご苦労、小妖精リリア、時の旅人ララベル。ふむ……どうやら顔色が優れぬのう……地上との行き来は精霊力を消耗するからな。今日はハーブティーでも飲んで、魂の回復に励みなさい」
「はい、精霊神官長様。ところで、ティエールさんの姿が見えないのですが、今は用事で?」
ティエールの気配が、精霊力そのものが消え失せたことを意を決して尋ねる。
「はて、ティエール……とな。聞いたことのない名前じゃのう」
「えっ……聞いたことが、無い? でも、ティエールさんは確か、この修道院で幼少期を過ごされたって……」
「ははは……もしかして、記憶違いを起こしていませんかな。ティエールという名の精霊は、ワシの精霊名簿には存在しておりませぬ。うむ……時を渡った影響で、よほど疲れが溜まっていると見える。報告書はこれ以上いいから、とにかく休むように」
バタン。
事務室の扉が閉じる音が、最後通告の合図のように聞こえてしまう。
(嘘でしょう。まさか、既に過去がすり替えられた? ティエールの存在が消えているということは、先祖のレイチェルの身に何かが?)
彼女が親しみを覚えていた同じ生命の系譜であるティエールは、精霊界から存在そのものが消されていた。ショックで立ちくらみのような状態になり、廊下にペタンと座り込む。
「ララベル、しっかり……! 過去に戻れば、レイチェルさんやイザベルと合流すればきっと……」
「ええ、分かってる。早く、早く、過去に戻らないと……! もう一度、逆行転生の儀式を……!」




