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「ひとまずは、地上と精霊界の中間にある拠点へ移動しようララベル。これ以上、地上に留まると悪霊に察知されるわ」
「えぇ……分かったわ、リリア。さようなら、私の愛しい子孫……どうか、困難に挫けないで……!」
激動の時代に揉まれながらも、懸命に生きる子孫の少年に別れを告げるララベル。すっかり聖女ミーアスの魔の手に堕ちた地上から一旦離れ、精霊界と地上の中継地点で子孫からの手紙の内容を確認することにしたのだ。
この不思議な中継地点は地上から見ると空に該当する部分であり、浮かぶ雲が地面の代わりとなっていた。ふと、雲の隙間から地面を見下ろすと木々や建物が小さく見えて、まるで鳥か天使になったかのような……錯覚をしてしまいそうである。
「何とか、地上から離れたエリアへ来れましたわね、リリア。きちんとした祈り聴きは、荒れた地上では出来なかったけど、子孫の手紙だけは受け取れました」
「うん……この手紙の内容を、自分達なりの解釈で解決するまでが祈り聴きの任務だよ。そこの大樹の下で、早速読んでみよう」
「この菩提樹の木は……とても懐かしい、私の故郷の木だわ。数百年後の未来では役割を終えて、雲の上で宿り木として生きているのね」
リリアが指差す大樹は、ララベルの時代から親しまれていた菩提樹の木そのものに他ならなかった。おそらく地上での役割を終えた菩提樹は、徐々に天の上へ上へと昇り、雲の上で人々を見守り、やがて精霊界へと還るのだろう。懐かしさと共に因縁すら感じつつ、大樹に背を預けてゆっくりと手紙の封を開ける。
* * *
親愛なるご先祖様へ
遠い昔の先祖であるララベル・ホーネット様に、祈りが届くことを願ってこの手紙を書いています。
僕の名は、カエサル・ホーネット……今年で15歳になる没落した貴族です。少し前まではカエサル・カエラートという名でしたが、姉イザベルが無実の罪で断罪の憂き目に遭い、カエラート家は断絶となりました。そのため、僕は縁戚にあたるホーネット家の養子に入ることになったのです。
本来であれば、王太子に危害を及ぼした疑いで、一族全員処刑の可能性もありました。が、幸か不幸か、僕たちの一家が投獄されていた時期に王太子様が別の派閥に殺害されたため、結果的に一家が暗殺者ではないことが証明されたのです。姉イザベルが、精霊様に連れて行かれて生きたまま天に上がったという証言が、何人もの兵士から得られたことも関係あるかも知れません。
跡取り息子であった僕を養子に出すことで、体裁上のお家断絶を行い、一族の者の命だけは助かりました。実の両親と会える機会は減りましたが、教会のミサで時折会っています。僕がご先祖様であるララベルさんの存在を知ることが出来たのは、そのような経緯でホーネット家に住むことになったことがキッカケです。
それまでは、自分自身が貴女の子孫であることも、精霊に嫁いだ伝説に人物レイチェルと血族であることさえ、知ることはなかったと思います。
ホーネット一族の記録は、お屋敷の地下室で後生大事に保管されていました。中でもホーネット一族の運命を変えたとされる人物達が、巫女である双子の姉妹。姉レイチェルは精霊に嫁ぎ、妹ララベルは英雄と謳われたカエラート男爵に嫁いだとの記述が、極秘かつ重要な記録として伝えられていました。残念ながらカエラート一族はお家断絶になりましたが、僕がホーネット一族に戻ることになったのは神の思し召しだと信じています。
後の世でカエラート一族の身に何かが起きた時は、ホーネット一族が助けるように……との伝達まで添えられていたのです。カエラート一族のお家断絶が、いずれ起こることを知っているような、そんな気さえする記述もいくつか見受けられました。
今回の運命が仕組まれた何かであるような……そして僕が気になった記述は、それだけではありません。ルーン文字が刻まれた魔法陣と共に添えられた一文、まるで僕へのメッセージのようでした。模写魔法で写本をつくったので、手紙に同封します。この魔法陣を使い【過去の時代にある悪魔の魂に印をつければ、イザベルを苦しめた原因である悪魔を倒すことも可能】だそうです。
本当に時を超えることが出来るのかは、分からないけれど……姉イザベルを苦しめた原因である悪魔を倒せるのであれば、僕は祈ります。
* * *
少年が先祖へと宛てた手紙には、悪魔に刻印するための魔法陣と共に、予言書写本の切り抜きが添えられていた。
『やがてララベルの子孫にイザベルという娘が生まれ、大きな運命に導かれて、再び精霊の元へと遣わされる。時が満ちた時に、もう一度時間は逆行するだろう。この使命を受けた者よ……魔法陣をララベルに渡せ……そして過去の時代に存在する悪魔の魂を捕らえよ。ララベルとイザベルを繋ぎ、歪められた歴史を修復するのだ』




