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王太子との婚約破棄後に断罪される私を連れ出してくれたのは精霊様でした  作者: 星井ゆの花(星里有乃)
逆行転生編2

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 いわゆる逆行転生という秘術が行われたのは、地上のみならず精霊界においても珍しい出来事だ。儀式終了の翌朝、精霊候補生のイザベルが過去の人間と入れ替わりをしたという情報。それはすぐさま、精霊界の長老であるオリヴァードの耳にも入った。


「時の旅人ララベル・ホーネットの魂に、万が一のことが起こらぬよう、しばらくは教会が保護するとのことです」

「水鏡の儀式は、地上とのゲートを一時的とはいえ、その土地に繋げる儀式でもあるんだ。万が一、地上からの望まぬ侵入者に備えて、対策を練る必要があると思うけれど」

「小妖精が紛れ込んできたらしき蟲の類を一匹仕留めましたが、それ以外は異変なしとの報告であります!」


 教会からの使いである修道士は、報告書を一字一句間違いの無い様に伝えるだけでも精一杯の様子。紛れ込んできた蟲の類の正体も気になるが、今は時間軸の乱れをこれ以上進展させないことを念頭に置かなくてはいけない。


「……禁断の秘術、逆行転生。まさか、精霊候補生の研修期間中にそのような試練が訪れるとは。いや………水鏡の儀式を行ったからといって、必ず逆行転生が起こる訳では無い」

「えっ……それは、儀式が失敗したという意味なのでしょうか?」

「いや、むしろ成功してしまったと言った方が正しいだろう。占星術を利用した儀式の特徴として、その時の実際の星の動き、即ち天空図に影響を受けるとされている。逆行転生なんて大それた儀式は滅多なことでは成功しないはず。ホロスコープ上の宇宙の切り替わりの時期と、我らが運命の分岐点が被ってしまったか。神よ……どうか、これ以上人にも精霊にも試練を与えぬよう……」

「オリヴァード様……」


 いつも冷静で温和なオリヴァードだが、今回の報告には動揺の色を隠せないらしく、精霊にとっても見えざる神である【絶対神のような何者か】に祈りを捧げてから、報告内容を確かめる。


「……ところで、イザベルが入れ替わったという過去の巫女の女性、名前はララベル・ホーネットで間違い無いのかい?」

「はい、確かに。過去のデータと照らし合わせても、ララベル・ホーネットの魂だという報告です」


 やっぱりという確信と、よりによってという不安感が、オリヴァードを同時に襲う。ララベル・ホーネットは、オリヴァードの亡き妻であるレイチェル・ホーネットの双子の妹。精霊候補生イザベルの懐かしい容姿を見て、まさかとは思っていたが。

 案の定、オリヴァードの妻が地上に残した双子の片割れララベルの子孫は、精霊候補生のイザベルだったというわけだ。奇しくも時を経て、双子の血脈の片割れを精霊界に呼び寄せてしまったことになる。


「そうか……過去の魂であるララベルが、現代の精霊界に。ふむ……当時の地上の様子は、私がよく把握しているからね。この問題は、他の長老ではなく私が受け持つことにしよう。報告ご苦労様、下がっていいよ。地上との未確認ゲートが開いている事実は、すぐに掲示板に載せておくように」

「はい、分かりました。では失礼します」


 パタン……!


 修道士が落ち着きなく部屋を出て、しばしの間ざわつきが廊下から聞こえた気がした。この屋敷は長老の家であり、多くの精霊達が生活の管理のために集う役場としての機能も果たしている。人の口に戸は立てられぬ……と、人間界では言うらしいが、それは精霊の世界とて同じこと。

 今日の修道士の来訪は、世間に隠している訳でも無いが、目立たぬように配慮はしてるはず。けれど、地上と精霊界とのゲートにおいて異変があったことは、掲示板を通じて民間の精霊にも公表しなくてはいけない。やがて風の囁きのように、噂話はあっという間に広がるだろう。


「はぁ……参ったな。ちょうど私が婚約をしたあたりの時期と、逆行転生の因果が結びつくとは」


 ため息をついてふと壁にかけられた鏡を見ると、やや疲れた顔の人間年齢で言う三十代前後の男の顔が映っていた。もちろん実際のオリヴァードの年齢は数百歳を超えており、子はおろか孫までいるおじいさんである。

 だがオリヴァードが長老職について既に数十年経つが、彼の容姿自体はいつまでも若々しいままだ。しかし、本来は自慢になるはずの若い容姿と長い寿命は、愛する人の元へと逝くことが出来ない足枷にすらなっている。彼の配偶者であるレイチェルは、人間から精霊になった特別な魂であったが、純粋な精霊とは寿命が異なったのか……先に土へと還ってしまった。


(こんな時、レイチェルが生きていてくれたら、一体どんな風にアドバイスしてくれたのだろう。今、過去へのゲートが水鏡を通して開いている……その先には、まだ生きていた頃のレイチェルが……)


 オリヴァードの胸に突如として、愛する人に会いたい衝動が生まれてきた。若い頃のような情熱的なものではないが、妻の存在に自らの故郷を求めるような感覚。多くに精霊を束ねなくてはいけない立場の彼にとって、あってはならない感情。


『最愛の妻に、会いたくないのか? もし貴様が聖女ミーアス様に魂を捧ぐのなら、或いは……』

「……いけないっ。このままでは……悪魔よ、過ぎ去れっ」


 何処からともなく、悪魔の誘惑が囁いてきてオリヴァードは魔除けのアンクを手に除霊をする。オリヴァードが放つ聖なる衝撃にやられて、小さな『何か』が床に落ちた。


「……これは、例の報告にあった蟲? 聖女ミーアスの眷属か……」


 隙間を縫うように紛れ込んできた小さな刺客は、決してこの精霊界が安全ではないことを現しているようだった。


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* 2022年03月05日、長編版完結しました。ここまでお読み下さった皆様、ありがとうございました! 小説家になろう 勝手にランキング  i850177
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