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王太子との婚約破棄後に断罪される私を連れ出してくれたのは精霊様でした  作者: 星井ゆの花(星里有乃)
逆行転生編2

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03


 教会の朝が早いのは精霊界も人の世界も共通で、野菜畑やハーブ園の管理の傍ら、忙しそうな修道士達が多数食堂に集っていた。大きな窓から差し込む天然の日差しは、魂のみの姿となったララベルにとって心地良い。

 配膳の列に並ぶ食堂の光景は学校を彷彿とさせるようで、人間の立場からすると懐かしさも感じさせる。精霊というからには、特殊な生活を送っているとばかり考えていたため余計に……だ。


「ようこそ、人間の迷い人。他の修道士達と同じ食事はすぐに配膳出来ますが、精霊界に魂を馴染ませるための薬膳スープはもう少し時間がかかります。後で係のものが運びますゆえ、ひとまずは皆と同じ食事を摂ってください」

「あっはい。ありがとうございます」


 台に並べられたメニューは、焼き立てのクルミ入り丸パン、ゆで卵、緑野菜とトマトのサラダ、三種類の豆の煮物、三角チーズ、ブルーベリー入りヨーグルトなど。ドリンクはオーソドックスに、水、紅茶、眠気覚ましのミントティーから選べる。スープのポットもあったが、ララベルには人間用のものが用意されるということで遠慮した。


「お嬢さん、今日は週に一度の焼き菓子の日、今回はバターガレットです。おひとつどうぞ……お口に合えば良いのですが。おっと、失礼……」

「まぁ……バターガレットなんて、久しぶりだわ。嬉しい」


 紙に包まれた小さなガレットを渡す手が触れそうになっただけで、顔を赤らめてしまう修道士。女性に慣れていない仕草は、地上育ちのララベルから見て精霊というよりごく普通の照れ屋な若者に見えた。


 何処もかしこも男性ばかりの修道院において、今朝突然現れた女性のララベルは目立つ存在のはず。

 だが、修道士達は軽く会釈や朝の挨拶をする程度で、深く干渉しようとしない。食堂当番の修道士以外はララベルやミンファら女性達と、距離を取ろうとしている。


「精霊の世界に人間のゲストが来るなんて、もっといろいろと詮索されるのかと思ったけど。必要なこと以外はあまり訊かれないので、ホッとしました。広い食堂は学生時代を思い出しましたが、ここの精霊様達は結構シャイなんですね」


 双子の姉の婚約者である精霊オリヴァードは、大恋愛の末、駆け落ちに近い形で姉を迎え入れる。そのため精霊というのは異性に対して、積極的なイメージがついていたが思い違いのようだった。


「あはは……彼らは精霊である前に、修行中の修道士だから。シスター服を着た女性のゲストと、必要以上に親しくすることは禁じられているのだと思うよ。小妖精の私のことすら、一定の距離を空けるんだから」

「そういうことだね、さっ……精霊神官長様達のところへ!」


 配膳の食事を受け取り、ララベル、リリア、ミンファの三人は用意された奥の席へと移動。先に食堂で待機していた精霊神官長やティエール、ロマリオと合流する。


「おぉ……ララベルどの、元気そうで安心したぞ。食べながらになるが、其方の置かれた状況を詳しく説明するからな。まぁゆっくりと心を癒しながらが、いいじゃろう」

「お気遣い感謝致します、精霊神官長様」


 少し離れた席には、姉の婚約者オリヴァードによく似た精霊官吏のティエールの姿。金色のサラサラとした髪の質感や、細身ながらしっかりとしたスタイルはやはりオリヴァードを彷彿とさせる。だが、柔らかな眼差しや口元に手を添えて少し考え事をする仕草は、双子の姉レイチェルを思わせた。


(ティエールさん、何故だろう……不思議と他人とは思えないわ。兄弟姉妹の関係に似た何か……その秘密も明らかになるのかしら)


 ララベルからの視線にティエールも気づいたのか、ララベルと目が合う……が、優しくニコッと微笑み返したのみ。お互いの間にある身近な感覚は、まるで久しぶりに会った家族のようだった。


「では、今日の食事の祈りは僕が引き受けるよ。ララベルさんもいるしね……あまたの天の恵みよ、精霊にも人間にもこのようにして生きる糧を与えてくださることに感謝します」

「感謝します」


 自然への感謝の祈りと共に始まった朝食は、時の旅人ララベルの置かれた立場を理解するのに丁度良い時間となった。即ち、生まれて初めて食べる食材を、興味深々の状態で咀嚼していくようなものだ。ララベルとその子孫であるイザベルの身に起こった時を超えた入れ替わり現象、驚きはあるものの、ゆっくりと状況を飲み込んでいく。


「……つまり、この精霊界は私にとっては未来の世界で。私の肉体は今頃、子孫の魂と入れ替わっている……ということですか?」

「うむ。簡単に言えば、そういう話の流れになるな。最も入れ替わりの原因である水鏡の儀式を行ったのは、我々未来の精霊じゃ。なるべく穏便に、元の時代へと帰れるようにしよう」


 人間が精霊に嫁ぐというのは非常に珍しく、その貴重なタイミングを迎える頃に入れ替わりが起きたことは偶然ではないとララベルは感じた。精霊神官長は、あくまでも決められた儀式の結果と語っていた。が、魂の時間移動が可能であれば、過去の精霊界に干渉して水鏡の儀式を仕組むことも可能だ。


「子孫と入れ替わり……。やはり、姉が精霊に嫁ぐという行為が、後の世にまで影響力を及ぼしたということかしら。未来から干渉されるような……」


 だが、そのことについて深く語ることは、たとえ今この場にいる精霊達が善良であれ、タブーのような気がしてならない。


 今朝、聞こえてきた聖女ミーアスという存在を崇める者からの、訴えかけるようなノイズ。それは、おそらくその時間干渉を行った『何か』からの攻撃なのだろう。ララベルが紡ぐ言葉に迷ってやや無言になっていると、突如として背後から人の声。


「お待たせしました、ララベルさん。我が精霊界の教会自慢の採れたて野菜のスープ、人間がここ精霊界で魂を維持するために必要な素材が加えられています。多少ある苦味は、薬として用いられている精霊界特有の野菜ですので、安心して下さい」

「あっはい……わざわざすみません」


 一瞬、警戒のあまりゾクっと背筋が緊張したが、極力平常を装うララベル。運ばれてきた薬膳スープは、緑野菜たっぷりでいかにも身体に良さそうだ。


(良かった……スープも見たところまともだし、運んできたのもさっきの食堂の修道士さんだわ。けどもしかしたら、今朝の不気味な声以外にも聖女ミーアスという者の使いが紛れ込んでいるかも知れない。油断しないように……)


 時の旅人ララベルが決意を新たに口に含んだ薬膳スープは、確かに苦味を含んでいて……それは彼女の心と『答え合わせ』したかのようだった。


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* 2022年03月05日、長編版完結しました。ここまでお読み下さった皆様、ありがとうございました! 小説家になろう 勝手にランキング  i850177
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