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さて、来訪者を告げる鐘の音は、逆行転生者であるイザベルにとって難関な最初の試練であった。メイドが二人がかりで重厚な木の扉をギイっと開けると……現れた美丈夫は、自分の先祖であることを思わず忘れてしまうほどの眩いオーラを放っている。
「ようこそお越し下さいました。カエラート様、ララベル様がお待ちです」
「やぁ……予定より少し遅れてしまったが、まだお昼前だね。儀式の話し合いには間に合ったようで良かった」
亜麻色の長い髪を黒いリボンで束ね、澄んだ目元に程よく高い鼻筋、整った唇、シュッとした輪郭は、絶世の美青年と呼んでも差し支えないだろう。服越しでもわかるしなやかな筋肉が、彼が冒険者としても優秀であることを示しているようだ。身長は180センチを少し越えたくらいで、この時代の平均よりはやや高めという印象であった。
(……! 噂に違わぬ美青年ね、まさか自分のご先祖様にこんなカッコいい人がいたなんて驚きだけど。でも、うちの弟が大人になったらこんな感じになりそうだし、やはり身内といった感じかしら)
今朝突然、先祖の中に魂として宿ったイザベルからすると、顔すら把握していない使用人達との会話でさえ困難だったが。婚約者という特別なポジションのカエラート男爵との一対一の会話は、さらにプレッシャーがかかる。
(どうしよう……ここで私がカエラート男爵の機嫌を損ねて、婚約破棄なんかになったら。私自身が、存在出来ないことになってしまうわ。上手く誤魔化さないと)
実のところ、今にもプレッシャーに押しつぶされそうなのは、『時を超えた子孫イザベルを助ける』という使命を与えられていたアルベルト・カエラート男爵自身も同じであった。目の前に現れたララベル嬢は、以前会った時とは何処となく雰囲気が異なる。
アルベルト・カエラート男爵の冒険者としての【勘】が正しければ、もしかすると、彼女こそが時を超えた自らの子孫イザベルなのかも知れないが……なんせ証拠がない。
万が一、ただの早とちりで、『キミは、時を超えてきたオレの子孫だね』などと言おうものなら、気が狂れたと誤解されかねないのだ。慎重に、だが上手く誘導して、彼女自身が真のララベル嬢か、はたまた自身の子孫イザベルか確かめなくては……という使命感いっぱいだった。
お互いを探り合う先祖と子孫の様子は神の目からは、どのように映るのかは定かではない……が。さしづめ狐と狸の化かし合い、とはよく言ったものだと、後々カエラート男爵は苦笑いすることになる。
「ご機嫌麗しゅう……ララベル嬢。今日も相変わらず美しい、まさに地上に遣わされた美の女神といったところだろう」
跪き手の甲にそっと口付ける姿は、御伽噺の王子様のように麗しい。いや、イザベルの記憶が確かならば、過去の婚約者であった王子よりもカエラート男爵の方がよっぽど絵になるだろう。だからといって、イザベルの心が恋のようにときめくわけではなく、不思議と懐かしい親愛の情が心の奥に溢れるのだった。おそらく、血縁者特有の【内なる純粋な愛】が、イザベルの中に芽生えているのだ。
「まぁカエラート男爵様、お世辞が上手ですこと。今日は、明日の儀式の準備で葡萄菓子を作るので、よろしければ味見をしてくださいな。お庭で薔薇の花を愉しみながら、ティータイムというのも良いですわね」
「おお! 精霊様への捧げ物をいち早く頂けるなんて、光栄だよ。ふむ、実は先ほど先代の菩提樹の御神木に、挨拶してきたんだ。これも神の思し召しか」
スマートに立ち上がったカエラート男爵と彼を見上げたイザベルの瞳が、バチッと合ってしまう。お互いの心の奥底を探り合うようなぎこちない感覚に、思わず目を逸らした。
* * *
予定通りイザベルはメイド達と共に、キッチンで捧げ物となる葡萄菓子作り。その間、カエラート男爵には客間でゆっくりと休んでもらうことになった。慣れないカエラート男爵との会話を、どのようにして繋いで良いのか迷っていたイザベルは、一旦別行動となり胸を撫で下ろしていた。
(はぁ……けど、休んでいる暇はないわ。取り敢えずは、葡萄菓子作りを上手くやらないと!)
ハーフアップの髪をさらにうしろで一つに括り、白いエプロンをワンピースの上に装着。広いキッチンは大きな邸宅ならではのレストランの厨房のような作りで、家の専属シェフから指導してもらい、葡萄を仕込んでいく。
「さっララベル様。下ごしらえが終わったら、ゼリー液の素をじっくりお鍋で煮込んで、冷ましたら葡萄粒の入ったグラスに注いで……」
「ふう……あとは、氷魔法が効いている錬金冷蔵庫で固めるだけね」
菓子作りのレシピは時代によって多少違うらしいが、幸い、カエラート男爵家に伝えられているレシピと同一のものだ。透き通る紫色の葡萄菓子は、アメジストの結晶のように美しく、宝石と見紛うばかり。錬金冷蔵庫に入れる前に、シェフに最終チェックをしてもらう。
「ふむふむ、初めてにしてはかなり上出来ですな。ゼリー状に固まるまで数時間、だいたいティータイムの時刻には仕上がるでしょう! 恋と一緒で、気持ちというのは少し手間をかけて、じっくり固めていくと美味しくなりますよ。では……」
「ええ、ありがとうございます!」
徐々に形が安定するゼリー状の葡萄菓子を、ララベル嬢とカエラート男爵の始まったばかりの恋に喩えるかのようにするシェフ。イザベルは自分の手に、先祖の命運が託された気がして、改めて気を引き締めた。そしてまた、カエラート男爵も自らの子孫への疑問を少し手間のかかる菓子作りのようなもどかしさで、追求することにしたのだ。
二人が巡り会う意味が、過去を紡ぐだけでなく、もっと別の未来を導くとは……この時はまだ知る由もない。
* 次回更新は、2021年1月中旬頃を予定しております。




