03
「時を超えた子孫イザベルか……。精霊様に聞きたかったことの答えは、おそらくその子孫とやらにあるのだろう。けど、一体どうやって時を超えるというんだ?」
奇跡とも呼ぶべき古い菩提樹との精神的な会話は、夢の中の出来事であったかのように終わりを迎えた。今はただ、優しく風に揺らされた静かなる連理木がはらはらとハート型の葉を散らしながらカエラート男爵を見守っている。
すると、彼らの魂の会話が終わる瞬間を上空から探っていたのか、一匹の大型鳥類モンスターが襲いかかってきた。上昇気流の風に逆らい、急降下で降りてきたそれは、腹を空かせ凶暴化していた。運悪く気が立ちやすい空腹状態の時に、見つかってしまったらしい。
「ギュエエエエエエエッ!」
シュッシュッ! ズシャァアアア!
鳥というよりも恐竜に近い巨大サイズの大型鳥類は、カエラート男爵が所属するギルドでも要注意ランクの討伐対象だ。赤や緑の色鮮やかな見た目に似合わず、金色の眼光は鋭く凶悪で、尖った爪で乱れるように攻撃を仕掛けてくる。
「くっ……菩提樹の精霊から発せられる【気】にあてられて、すっかり油断したな。さしづめ危険種指定の大型鳥類か?」
「キシャアアアアアアッ!」
「オレは無益な殺生は好まないが、だからと言って大人しくやられてやるほどお人好しじゃない!」
キィインッ、ザシュッ!
魔法を宿した剣技とモンスターの爪がぶつかり合い、双方寸差のところで怪我を免れる。いかにカエラート男爵が優れた魔法剣士であっても、戦闘が長引けば傷の一つや二つは避けられないだろう。
これらの暴走タイプの大型モンスターに関しては、魔法罠による捕獲による保護が推奨されている。安全そうであれば、生態系を守る観点から巣に戻るように、帰巣魔法で送ってやる方法もありだ。
ギルドから討伐依頼されているモンスターではないものの、極めて危険な状態で暴走している凶暴な類を見つけた場合は保護を諦め、討伐した方が安全だとする意見も。
(しかし、ここは仮にも菩提樹の精霊様の神域だ。結界を解いた影響でモンスターが侵入したんだろうが、殺すわけにもいかないし……さてどうする? ここは元の場所に返してやる帰巣魔法……一か八か)
ドゥンッ!
祈りを込めて鳥類モンスターの足元あたりに魔法陣を発動させて、身動きを一気に封じる。すると、モンスターは動けないことに違和感を覚えたのか、羽をパタパタとさせながら小鳥のような声で啼き始めた。
「キュエッ? キュエキュエ?」
「何、無傷のまま結界の外に送ってやるから、怯えなくてもいいぞ。おとなしく巣に戻れよ……小鳥ちゃん」
「きゅいいいいんっ」
シュッ!
無事に帰巣魔法が発動し、鳥類モンスターは菩提樹の結界周辺から姿を消した。
「ふう……思わぬアクシデントだったが、冒険にはスリルはつきものとはよく言ったもんだ」
この丘に留まっていても、きっともうそれ以上の情報は得られないだろう。人生と同じく、休みたくとも、動きたくなくとも、生きるということは前に進むことだ。心臓の鼓動が止まり、魂が肉体を離れて天に召されるその時まで、生きて、生きて、生き抜いていかなければいけない。
(さて、己に課せられた使命をこの目で確かめるためにも、まずは予定通りララベル嬢に会いに行かなくては)
くるりとブーツに包まれた踵を返してロングコートを翻すと、カエラート男爵は連理木の菩提樹を後にこの場を立ち去ることにした。
「カエラート男爵、ご無事でしたか? あの……先ほどまで大型モンスターの姿が見えたのですが」
「ああ、なんとか帰巣魔法で縄張りに帰してやったよ。オレも愛しの婚約者の元へ急がないと」
「そうですわね……ララベル嬢もきっと、カエラート男爵のことを心待ちにしているはずですわ」
結界の出入り口で彼の身を案じていたメイドと合流し、再び馬車へと乗り込む。決して後ろを振り向かないその姿勢は、彼のこれからの生き様を暗示しているかのようだった。
『頼みましたよ、救世主アルベルト・カエラート』
* * *
その日の精霊の巫女ララベルは、まるで別人のような雰囲気だった。清楚ながらも、流行のファッションやヘアメイクを好む彼女の趣味が、随分とシンプルになっている。
「ではお嬢様、今日のヘアメイクは流行のものではなく、オーソドックスなものが良いと」
「ええ。冒険者のカエラート男爵とデートするなら、彼のライフスタイルに合わせなきゃ。盛り過ぎた髪型は屋外を歩くのに負担になるわ」
「かしこまりました。仰せの通りに……ではご希望通り、ナチュラルメイクとハーフアップヘアスタイルで」
だが少なくとも、長年彼女の家に仕えている使用人達から見ると、僅かな違和感を覚えさせる。
「ねぇ、爺やさん。私、ちょっと疲れが溜まっているみたいで、邸宅の間取りに不安があるの。カエラート男爵を案内しなくてはいけないし、図面を見せていただけるかしら?」
「図面なら確か、新入りメイド用のものがあちらに……今お持ちいたしましょう」
「そ、そう。助かるわ。ありがとう」
自らの生家であるにも関わらず、邸宅の間取りを爺やから見せて貰ったり、会話のひとつひとつも言葉を選び緊張している様子。
『ねぇ……今日のララベルお嬢様、ちょっぴり落ち着きがないわよね。メイク時に、流行りのメイクや髪型も断っていたし。なんていうか……時代に左右されない、オーソドックスなファッションにこだわっていらっしゃって』
『マリッジブルー……という恋の病が、婚約中の娘にはあるそうよ。お嬢様のあの右往左往した様子は、まさにマリッジブルーが為せる技なのでは』
『きっと婚約者のカエラート男爵が久しぶりにいらっしゃるから、年頃の娘らしく気持ちが変化しているのでしょう。ご存知のはずのカエラート男爵のプロフィールを改めて、読み返したりもしていましたし。男爵様のことが、気になって仕方がないんだわ』
俗にいうマリッジブルーの一種に陥っているというのが、別人のような素振りを見せる彼女への感想である。まさか、逆行転生してきたララベルの子孫が魂として入ってしまったとは、誰も気づかないだろう。
リンゴーン! リンゴーン!
使用人達が、ララベルの違和感についてそれ以上話し合う間も無く、来客を報せるベルが鳴りひびく。それは、ララベルの肉体に逆行転生したイザベルが、先祖であるアルベルト・カエラートと対面する合図でもあった。




