06
「あれっ……もしかして、カエラート男爵家って、イザベルが人間時代の実家じゃない?」
「……リリアどの。ナイーブな話題ですし、あまり突っ込まれない方が」
「ご、ごめん」
捧げ物の葡萄ゼリーがイザベルの実家にあたるカエラート男爵家のものと知り、お目付役の小妖精リリアが思わず声をあげた。すかさずロマリオがリリアを注意して気を遣わせるが、イザベルの気持ちは一気に故郷へと向けられていく。イザベルが平常心を保てるように、ティエールが優しくイザベルの頭を撫でた。
「イザベル、大丈夫かい?」
「はっ……ティエール、みんな。ごめんなさい。つい、懐かしくて」
思わぬところで家族が作った葡萄ゼリーに出会ってしまい、すっかり故郷への想いに囚われてしまったイザベル。カエラート家の紋章入りケースをジッと見つめる姿に、精霊神官長も違和感を覚えたのか、それとなく葡萄ゼリーの歴史についてイザベルに語る。
「カエラート家が葡萄のゼリーを精霊に捧げるようになったのは、今より百年以上前のことですな。葡萄は罪の象徴で、自分達の罪を償うための大切な捧げ物なんだとか」
「えっ……結構長い歴史があるんですね。私も人間時代はカエラート一家でしたが、何故この葡萄ゼリーを捧げ物にしているのか、細かい事情は知らないんです。秋以外でも葡萄を捧げられるようにジャムを作って、保存しておいていたから。まさか、罪を償うためのものだったなんて……何かあったのかしら」
家庭の味として親しんでいた捧げ物の葡萄ゼリー、その正体が罪を償うためのものだと知り驚くイザベル。しかしよく考えてみれば、家に代々伝わるレシピだからと言っても、他のデザートを捧げても良かったはずだ。毎年欠かさず精霊様への捧げ物に葡萄ゼリーを選んでいたのだから、【因果の理由】があってもおかしくはない。
特に秋頃の捧げ物に関しては、他のデザートでは許されず、必ず葡萄ゼリーだった。おそらく、どうしても葡萄ゼリーでなければならない事情が、過去にあるのだろう。
「ふむ。ご先祖様が子孫に詳しい事情を遺さなかったのか、はたまた不都合な記録を誰かもみ消したのか……定かではありませんが。気掛かりがある状態で、地上の相談役を引き受けることは出来ないはずです。少なくとも今日は、教会の壇上に立つのは控えた方が良いですな」
まだ精霊候補で完全な神ではないとはいえ、人間の前で進言や加護を与える際には、他の神と同列の扱いをされるはず。中途半端に地上への未練を残した状態で、教会の壇上に立つことは許されなかった。
「確かに、そうかも知れません。今だって、家族が地上の教会にいると思うだけで、胸がざわついてしまうのに。こんなに故郷や家族に感情移入して、冷静な判断が下せるかどうか」
「まずはイザベルさん自身が、自らにかけられた因果と向き合うべきかと。精霊候補として、イザベルさんが教会の壇上に立つのは、因果の正体を掴んでからにしましょう。さて、このおいぼれは必要な書物を持ってきますゆえ、皆さんは食後のティータイムを愉しんでいてくだされ」
心に迷いを残すイザベルを咎めるわけでもなく、ただ解決策を提案する精霊神官長の優しさが滲み入るように伝わる。精霊神官長の後ろ姿を見送ると入れ替わりに、ハーブティーとクッキーのセットを若い修道士が運んできた。
「我が修道院自慢のお手製ハーブティーです。クッキーには精霊力を回復する効果もありますよ。精霊神官長曰く、特にティエール様は封印解除の儀式を行って精霊力を消耗しているはず……とのこと。是非、お召し上がりください」
さり気なくだが、ティエールに対してチカラを回復させるように、精霊神官長が促していることが分かる。つまり、今すぐに動けない状態なのは、イザベルだけではなかったのだ。
「えぇっ? ティエールが行った儀式って、そんなに消耗が激しいものだったの。いつもと変わらない様子だったから、分からなかったわ」
「ははは……これでも精霊官吏だからね、根をあげられない立場だけど、流石に精霊神官長にはお見通しだったみたいだ。精霊神官長の計画では、イザベルのご先祖様と紐付けて過去の因果に魂をアクセスする術を使うつもりなんだろう。休めるのは今のうちだけ……と、考えておいた方がいい。んっ……心が安らぐ味わいだよ」
* * *
遠い遠い記憶の向こうで、かつて交わされた姉妹の約束は、今もなお息づいている。
『ねぇララベル。私が精霊様と一緒になって、天の世界に昇っても……貴女は私のことを忘れないでいてくれる?』
『当たり前よ、レイチェルお姉様。けれど、人間である双子の姉を生きたまま精霊様に嫁がせるなんて。きっと、お姉様にも私にも、罪の因果が取り憑くでしょうね。私……誓うわ。精霊様と子孫達への懺悔として、毎年、罪の果実を捧げることにする。私達の大好きな葡萄菓子を……戒めとして』
自分達の子孫に対する懺悔も込めて、地上に残る妹ララベルは精霊様に毎年欠かさず捧げ物ことを誓った。
『ごめんなさい、ララベル。私がオリヴァード様との愛を貫きたいばっかりに』
『いいのよ。私達、生まれた時から半身として生きる双子の姉妹じゃない。天に駆け落ちをするレイチェルの罪は私の罪、駆け落ちを止められなかった罪は背負うつもりだわ』
『ララベル、私……約束するわ。無事、精霊候補になったら、地上の人々が安心して暮らせるように、尽力を尽くすって。貴女や貴女の子孫が、ずっとずっと幸せに暮らせるように』
姉妹の誓いは今もなお続き、二人の子孫は運命的な出会いを果たした。まるで美しい葡萄は……本来は希望の果実であると言わんばかりに。




