04
ザザザザ、ザザザザ……。
リィイイイン、ゴォオオオオオンッ!
リィイイイン、ゴォオオオオオンッ!
風が大きな揺らぎとなって、丘の上の教会を象徴する菩提樹の樹々をざわざわと鳴らした。すると呼応するように鐘の音が鳴り響き、無人のはずの教会から人の気配が増え、その場所が空虚ではないことを感じさせる。
「シンボルツリーの菩提樹がざわめきだして……それにこの音、教会の鐘の音だわ。封印が解けるまでは、中の人とは連携が取れず、無人の状態だと聞いていたけど」
「ふむ、おそらく封印された時間軸側の人の気配を感じられるようになったのでしょう。ですが、うかつに動くと万が一……ということもありますし、今は待機ですね。ティエール様が加護の結界を張って下さっているので、菩提樹の周囲にいれば安全ですよ」
ロマリオは守りの剣を手に添えて、すぐにでも応戦状態に入れることを確認。さらに不安げな表情のイザベルを安心させるためなのか、サポート役の少女ミンファが推測を述べる。
「多分、封印が解けだんだと思いますよ。きっとティエール様が、儀式を成功させたのね。あぁ……私、人間界とのリンクしている領域に足を踏み込むのって初めてだから、ちょっぴりドキドキしてたけど。無人じゃなくなれば宿泊施設も利用出来るし、いろいろ安心!」
自分よりも見た目年齢では年下の少女に気を遣われて、イザベルは気持ちをしっかりとさせるために落ち着きを取り戻す。精霊であることを考慮すれば、ミンファの方がイザベルよりも長く生きているのかも知れないが、それでも大人と呼ばれる年齢に差し掛かっている身としては、少女に気を遣わせるわけにはいかないのだ。
「そっか。精霊族にとって、地上と時間軸がリンクしているこの丘は、特別な場所なんだわ」
「はいっ。選ばれた精霊は、修行のために時間軸が早い場所に送られて育ち、心身ともに鍛えることで、早く大人になるんです。精霊族は寿命が長いのはいいんですけど、成長速度が遅くて、いつまで経っても子供でいる場合がありますから」
イザベルの知識ではずっと子供の姿というと、リリアのような妖精などの類がすぐに思い浮かぶ。だが、精霊はその役割上、成長速度を速くする生き方うぃ選ぶものが多いらしいと聞いて、妖精と精霊とは役割が異なるのだと察した。
「へぇ……ミンファちゃんは、そういう施設は利用せずに?」
「いえ。私も去年に時間軸が異なる合宿スクールで、成長速度を調整しています。今回の任務でも、少しだけ大人に近づけるかも」
そんな話をしていると、突然『ヒィイイインッ! パキンッ』という『何か』の異変を知らせる音が届く。
「んっ。今、鐘の音色に混ざって、何かがパキンッて割れる音が聞こえたような。何かしら……」
「えっ音ですか? 私は気づかなかったけど、もしかすると時間軸が切り離された音が聞こえたのかも知れないです。精霊は種族によって、空間異変の音を聞き取ることが出来るんですよ」
ミンファは半人前の精霊であるイザベルのことをまるで、元から精霊として生まれた大人と同レベルのチカラがあるように認識しているようだ。当のイザベルからすると、自分にどのような能力が備わっているのか、そもそもまだ殆ど人間に近しい能力しかないのではないか、と自分が精霊であるということに関して半信半疑の状態である。
だからわざわざ他の精霊と区別化するために、『精霊候補生』という期間を設けているのだろうけれど。
「そ、そうなの。まさかそんな能力が備わっているなんて、精霊族も種族によって特徴があるのね。あら……ティエールとリリアが戻って来たわ」
菩提樹の大樹の下で手を振り、無事に儀式を済ませたティエールとリリアを手を振り迎える。イザベル達とティエール達が離れていた時間は一時間ほどのはずだが、随分と長い間、ティエールとリリアの顔を見ていない気すらしてしまう。おそらく、地上と精霊界の時間軸が、混同する空間での待ち時間だったせいだろう。
「イザベル、遅くなってごめん。ちょっと儀式に手間取ってたから、待たせちゃったかな。ロマリオさん、ミンファさん、僕が不在の間、イザベルのボディガードお疲れ様でした。ところで、ロマリオさん。何か異変はありましたか」
「ええ先程、イザベルさんが鐘の音に混ざって、何かが割れる音が聞こえたと仰っていましたが。おそらく菩提樹精霊特有の聴力スキルで、時間軸の境界線が割れる音が聞こえたのかと」
「えっ……聴力スキル? それって、まさか……イザベル、耳を見せてご覧。あぁやっぱり」
(耳が良くなったことと、見た目に何の関係が……私の耳、いつの間にか尖ってる?)
ティエールに耳を見せるように言われて、改めて自分の耳を触ってみるイザベル。すると、エルフ耳などの名称で知られる精霊種の特徴である尖りのある耳に、変化していたのであった。




