03
ティエールが封印解除の祠に向かっている間、イザベル達は敷地内を散策することになった。
あまり精霊達が訪問しない立地の教会だが、この土地を管理する小妖精の加護により手入れがきちんとなされていた。白い蝶が花壇の花々の周囲で憩いの時間を過ごし、シンボルとして植えられた菩提樹が教会を見守るように枝葉を揺らす。
だが、ザワッとした風とその音は、僅かながら不協和音をもたらしていた。静寂の中に密やかな不穏の影、まさに今の地上の現状を刻一刻と伝えているようだ。
(本当にここは精霊界なの? まるで、まるで……故郷の教会みたい)
そして、鮮明に蘇る既視感という名の心に伝わる共鳴が、イザベルの胸を
鐘の音のように響かせた。
「ここは……いつか訪れた地上の教会に、そっくりだわ。奥の宿泊施設も、見覚えのある修道院と似ている気がする」
「おそらく、この丘の上そのものが、地上とリンクしているのでしょう。立地的にも、この丘の真下がイザベルさんが知っている教会のある場所になると、推定されます。また、時間軸も完全なリンクをもたらす場所では、地上基準が採用されますよ」
「ロマリオさん……どうりで、不思議な既視感が強いわけだわ。地上基準の時間軸ということは、精霊界の半日勤務が二週間分くらいにはなりそうね。一体、どんな人がお祈りにくるのかしら?」
イザベルは胸の内へ別れさえ告げられずに、離れ離れになった愛する家族の姿を浮かべる。透き通るように青い空を見上げて、もう二度と人間として戻ることはない地上に想いを馳せた。
* * *
「さてと、この祠に来るのも久しぶりだけど。まずは外部から来た人間でもこのエリアで活動出来るように、封印を解かなくては。教会の神父様や修道士達は元気だろうか、しばらく会っていないから不安だな」
一方、封印の洞窟ではティエールが小妖精リリアを連れて、教会周辺の封印を解く儀式の準備中。丸い水晶玉を台座に設置すると、炎が燭台に灯る。何処からともなく紫色の煙が漂ってきて、魔法のチカラで時間軸の調整が行われる。
内部の広さはそれほど広くないが、祠の奥に祀られている精霊信仰特有のシルシが中央に飾られた祭壇が特別な空気を醸し出していた。
「ねぇ、もしかしてティエールは、このエリアに住んでいたことがあるの?」
ティエールのこの辺りを懐かしむような口調、おそらく滞在経験があることが窺えるがどれくらいの期間をここで過ごしていたかはリリアとて知らない。だが、菩提樹の精霊の若者は、時折、若い芽吹きの頃に何処かへと連れて行かれて、あっという間に成人して戻ってくることがたびたびあると言われている。
ゆったりと時が流れる精霊界において、せめて子供時代の成長速度を人間並みにしたい時に別のどこかで教育するのだと思われていた。生きていく年輪が増えるほど心が成長していくのに対し、あまりにも長い期間を子供の肉体で過ごすのは、酷だからだと言う。
リリアの予想通り、ティエールもそんな菩提樹精霊の一人だった。
「実は父が地上の身柱になった時に預けられて、大人になるまでしばらくここにいたんだ。当時は地上と同じ時間軸で育つことに不安があったけど、今では感謝しているよ。成長に時間のかかるはずの僕が、人間並みの速度で大人になった。心と肉体の成長をちょうど良いバランスで、育んでいけたからね」
「ふぅん……私みたいな小妖精は、なかなか大人にならないし。ずっと子供っていうのも楽しいけどね」
種族の違いなのだろうが、早く大人になりたかった菩提樹精霊ティエールといつまでも子供でいたい小妖精リリアがこの儀式の場にいるのも不思議な話である。
「僕の場合は、ずっと子供の状態だといろいろと困るんだよ、だって初恋の女性は、寿命も成長速度も違う人間の女の子だったんだ。地上と同じ時間軸のこの場所で育たなかったら、イザベルだけが大人になって。僕はずっと、子供のままだっただろう。それじゃあ今のように、婚約者になれなかっただろうし」
「ふふふっ! 精霊神様のノロケ話を聞いちゃった! あっ……けど、大丈夫。こう見えても意外と守秘義務は守るタイプだから」
蝶々のようにパタパタとティエールの周囲を飛び回りながら、からかうような口調のリリア。けれどイザベルのお目付役としては、内心ホッとしているのも事実である。一見モテそうな誰もが振り向くような美青年のティエールが、初恋の女性イザベルを長く想い続けていることを確認出来たのだ。
やがて、時間軸は完全に地上と同調し……教会内で暮らす精霊達が、イザベル達の目の前に姿を現すようになった。イザベルにとって、そしてティエールにとっても新たな試練を始めるために。




