02
そそくさと逃げるようにその場を立ち去ったロマリオだが、せせらぎの森の出入り口まで辿り着くと足を止めてひと呼吸置いた。まだ傷が完治していない状態で早歩きしすぎたせいなのか、それとも自分の内に隠した背徳的な恋心を見透かされないように必死だったのか……定かではない。
ピピピピ……チチチチ……!
ロマリオの周囲では、朝食タイムなのか小鳥が餌を求めて、低い木々の辺りをパタパタと飛び回っている。本当は小鳥達に餌のひとつでもやりたかったが、そういう柄でもないし、普段はこの森に通っていない自分が彼らの生態系のルールに介入するのは良くないと判断した。
「何だか、緊張しすぎて喉が渇いてしまった。日誌に記録しなくてはいけないし、一旦出張所の小屋で休むか」
極力、小鳥達の邪魔をしないように、腰から下げた剣を抑えながら休憩用の小屋に移動。
汗を拭いつつ見廻り騎士のための小屋に戻り、冷蔵ボックスからアイスティーを取り出して、渇いた喉を潤す。ごくっごくっと、体内に水分を流し込むと急速に渇きが癒えていくのを感じた。
「おっロマリオ、今朝のお勤めご苦労。怪我をしたばかりと聞いて心配していたが、思っていたより調子は悪くなさそうだな。どうだ? 菩提樹系の精霊様達は、元気そうだったか」
ホッと一息ついていると、精霊騎士団見廻り担当の上官が、仕事休憩中のロマリオに声かけをしてきた。おそらく、ロマリオがこの小屋に入室した時には、上官は奥の部屋に居たのだろう。けれどすぐに気配に気付けなかったことに、騎士として恥ずかしさを覚えるとともに、やはり身体が本調子ではないことを示しているようだった。
体裁を取り繕うためにもポーカーフェイスを意識して、平常通りの真顔で受け答えをすることに。
「あっはい。昨日は地上の王太子の霊魂が脱走騒ぎを起こすなど、少し慌ただしい状況でしたが、居住地への影響は無さそうです。指示通り、聖水を撒き瘴気を除去しておきました」
「ふむ、それは良かった。念のため、聖水を敷地中に撒いておけば、数日は結界として効力を発揮するだろう。精霊界は平和には違いないのだが、なんせ地上から霊魂が移動する分岐点にあたる分、時折冥府から脱走者が紛れるからなぁ」
今のところ、冥府経由の悪霊や脱走者による住民の怪我人は出ていない。敢えて怪我をした人物を挙げるとすれば、それはつい最近も戦闘で怪我を負ったロマリオ自身だろう。
幸い、通りがかった精霊候補生イザベルの治癒魔法で大事には至らなかったが。運が悪ければ、精霊としてのお役目を終えて、魂として成仏していた可能性も否定出来ない。一見平和な精霊界にもひしひしと不穏な動きが近づいていることは、自らの身体の傷痕をもって察せられる。
「我々騎士団の殆どが、頑丈が取り柄の鉱石系の精霊ですからね。いざとなったら、植物系精霊や小動物達の盾となって冥府の輩から守り抜く覚悟は出来ております!」
「ははは! 頼もしいなロマリオは。その威勢の良さが、好きなオナゴにも発揮出来れば良いのだが。なんだ? イザベルさんの婚約者とご対面して、すごすごと逃げ帰ってきたのか?」
「ぐっ……な、なぜそれを……? というか、まるで自分が横恋慕しているような言い回しはやめて下さい! そ、そのイザベルさんは自分の命の恩人で……是非、チカラになりたいと」
すっかり失念していたが、上官も大地を司る鉱石系の精霊。人間の擬態を解いて地面に紛れてしまえば、ロマリオがティエール相手に右往左往していた様子も、地面越しに全て見られていた可能性だってある。
顔を真っ赤にして言い訳する自分を情けなく感じながらも、どうして自分がイザベルに片想いしていることが、バレてしまっているのか疑問に思う。また横恋慕に寛容とは意外であるし、上官とて正々堂々がポリシーの精霊騎士団の一員のはずだが。
「実はイザベルさんについては、ロマリオに可能性がないわけじゃぁないんだな! これが……」
「えぇっ? 一方的な片想いとはいえ、既に婚約者のいるイザベルさんに対する恋心は、諌められるのではないかとばかり」
すると、上官が精霊騎士団調べの報告書を取り出して、ロマリオに見せた。精霊騎士団としてはボディガードの対象であり、精霊候補生試験の監修に関わる立場として、イザベルの経歴調査も行っている。
「この資料……精霊候補生イザベルさんの家系図やご先祖様についての記述だ。もしかすると、今回のティエール様とイザベルさんの婚約は……ストップがかかるかも知れん」
「ストップ……って。イザベル・カエラートの血統について……先祖にも精霊候補生となった娘がおり、婚約者ティエールとは血縁があると推定。二人の遺伝子の濃さや組み合わせによっては、婚約を見送る可能性も?」
そこには婚約中のイザベルとティエールが共通の先祖を持っており、【遠い遠い兄妹】即ち、親戚関係であることが記されていた。




