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地上では波乱の葬儀から一夜が明けて、昨日までの鬱屈したオーラが嘘のように、美しい青空が人々を見守っている。精霊神様から御加護を受けた印だとされている虹の橋が、菩提樹の木の真上で鮮やかな弧を描いていた。
亡きアルディアスの兄である次期国王が、早朝に人々を励ますための集会が開かれた。王宮広場に集まった人々は、祈り念珠や十字架を片手にアルディアスの成仏を願う。
「昨日は王太子アルディアスと永遠の別れをして、皆のものも哀しかっただろうが。いつまでもくよくよしてはいられない。民よ、アルディアスの分まで強く生きるのだっ」
「「「うおおおおっおおおおっぉおおおおっ」」」
バラバラになりかけていた民衆の心を次期国王候補が上手くまとめあげて、平和を取り戻そうと躍起になっているようだ。ただでさえ弟が前婚約者のイザベルを投獄して、王宮の評判が下がっていたのだから尚更。むしろ、余計なパフォーマンスばかりする馬鹿な弟が死んでくれて、次期国王の兄としては清々しているのだろう。
日常を取り戻しつつあるその日の午前、久々の晴れ間を利用して洗濯物をしに、集まる。井戸端会議ならぬ川原の会議といったムードが漂い、小さな滝がある川でたむろする女性達は噂話に夢中。
「人々の祈りを精霊様が聞き入れてくれたらしくて、ほら今日は虹が見えるわ」
「まぁどうりで悪夢を見ないで済んだと思ったけれど、精霊神様のおかげだったのね」
不吉だと囁かれた王太子アルディアスの葬儀だったが、闇の瘴気が国中漂っていたにも関わらず、人々は悪夢に苛まれずに済んだ。
「けれど、アルディアス様の魂を守る蝋燭の炎は、何度付け直しても消えてしまうらしくて。どうしてかしら?」
「これは噂だけど、あの聖女ミーアス様って、実のところ既に悪魔と契約されているとか。王太子アルディアス様が亡くなったのも、葬儀が上手くいかなかったのも、聖女ミーアスが裏で糸を引いているんじゃないかって」
「違うわよ、聖女ミーアス様がいたからこそ、今の平和な世があるんだわっ」
だが、精霊神への信仰を深める者がいる一方で、古い信仰を忘れて目に見える信仰対象である聖女ミーアスに肩入れするものが増えているのも事実。
時代は新たな信仰対象を追い求め、黎明期を迎えようとしていたのだ。
* * *
その日の昼、国の儀式を司る大聖堂では、聖女ミーアスを囲んで今後の方針を話し合うことになった。聖女ミーアスは王太子アルディアスを喪い、居場所を奪われる予定だったが、司祭達が追い出すことを反対したためまだ王宮に残留している。
王宮の聖女執務室にて、ミーアスは【悪魔サキュバス像】に黒魔術をかけて、自分そっくりな身代わりのホムンクルスを生み出した。
「いいこと、悪魔サキュバス像……いえホムンクルス。今日は大聖堂の司祭達にすり寄るために、絆結びの儀式を行うわ。生贄として一人だけ殺して、後は適当に魔力を吸って生かしておきなさい」
「かしこまりましたミーアス様、しかし私のようなサキュバス像が、ミーアス様の身代わりで大丈夫でしょうか?」
不安げにミーアスを覗くこむ身代わりホムンクルスは、男を惑わすサキュバス像が元なだけあって、不思議な色香が漂っていた。うなじが美しいまとめ髪、喪服のような黒いドレス、大きく開いた胸元は谷間がくっきりと見えて、奥まで素肌がのぞけてしまう危うさだ。
さらにファンデーションで肌をしなやかに、眉を整えグレーのアイシャドウに黒いアイライン、カールアップしたマスカラでアイメイクをバッチリと施す。
ふんわりとローズベージュのチークを頬にのせて、ダークレッドのグロスでぽってりとした色っぽい唇を演出。聖女というより高級娼婦のような身代わりのオーラに、ミーアスも満足げである。
「むしろ、あなたでなきゃ駄目だわサキュバス像。女に飢えた司祭達を貴女の魔力で誑かして、魂を抜き取るの」
「御意、心ゆくまで男どもに夢を見させますわ。貴女様に捧ぐ、生贄として」




