05
身の毛もよだつようなおぞましい内心を持つ聖女ミーアスだが、悪魔としてのチカラはまだまだなのか……精霊候補生であるイザベルに天から観察されているとは気づかない様子。醜い心の声とは真逆の清純な泣き声で、ミーアスは王太子アルディアスの棺を見送る。
「ふぇええんっアル様ぁああっ。ミーアスは、これからどうやって生きていったらいいのぉおお」
「落ち着いてくださいませ、聖女ミーアス様。残念ながらアルディアス様は天に召されてしまいましたが、例えアルディアス様がいなくなったからと言ってミーアス様の地位が下がることはありません。国の加護は引き続きミーアス様に保証されますゆえ」
恐ろしいことに、葬儀に参列している大衆の大半は、聖女ミーアスの小芝居にすっかり飲まれていて、心底同情しているようだ。
「……うぅグスッ。本当に、本当にミーアスはこの国にいても良いの? アル様はもう現世にはいないんだよぉ」
「ご安心ください、聖女ミーアス様には引き続き、この国を見守って頂かなくては」
自分のポジションが国で守られることを聞いて安心したのか、ミーアスは泣くのを一旦やめて棺から離れる。
「出棺致します、お下がりください」
* * *
黒く大きな葬儀用の馬車で棺が運ばれ、その後ろから御付きの者の馬車、大勢の人々が列をなして練り歩く。
「さようなら、王太子様。我々はあなたのことを忘れません……丘の上で安らかに」
「不慮の死は王太子様も無念のはず。天国へと行けるように、国民で祈りを捧げましょう!」
哀しみの花を娘達が籠から路上に振り撒き、白や青の花吹雪が風と共にさらわれた。丘の上の王家の墓に降り注ぐ夕刻の陽射し、オレンジの光は別れの時が近づいていることを知らせている。
すると埋葬直前、何かを思い出したように突然、聖女ミーアスが墓を掘り起こしてアルディアスの棺に魔法をかけようとする。
「待って! 最後に、最後にアル様が安らかに眠れるように、おまじないをさせて頂戴っ」
「なりません、ミーアス様っ」
最後に棺に向けて何かの魔法を使おうとしたミーアスだったが、途中で聖職者達に止められてしまう。
「なんで、なんで、どうして私の魔法を止めるの?」
「申し訳ございません、ミーアス様。聖女様とはいえ、埋葬時に別の呪術をかけることは禁止されております」
するとそれまで大人しくしていたミーアスが、プライドを傷つけられたのか我を忘れて怒鳴り始めた。
「はぁああっ? 雇われ聖職者の分際で、選ばれし聖女たる私の祈りを疑うっていうのっ」
「……非常に申し上げにくいのですが、アルディアス様は黒魔法によって殺されたという説もあります。ここは引き下がった方が、賢明かと」
「…………チッ」
ついに王太子アルディアスの棺は、丘の上に設置されている王家の墓に埋葬された。
恨めしそうな目で王家の墓を見つめるミーアスをよそに、聖職者達はアルディアスの魂を宥めるために必死の覚悟で高レベルの魔除や除霊術を施す。
「若き王太子アルディアス、肉体は滅んでも魂は永遠に守られるであろう!」
聖職者達が祈りを墓の前で捧げて、永遠の眠りを願う儀式を終える……はずだった。
カタカタカタカタ……ガタンッ!
グシャッ!
「ぐぎゃあああっ!」
「し、神父様ぁああっ!」
永遠の眠りを願う祈りが届かなかったのか、はたまた風の反逆か。王家の墓を守る墓標が、突然バランスを崩して地面に落ちた。そしてその拍子に祈りを捧げていた聖職者が一名、巨大な墓標の先端に頭を打たれて死亡したのである。
「きゃああっ! 王太子様の墓標が、突然崩れたわぁっ。神父様まで巻き添えにィイイイ。やはりこの国は呪われている、不吉よ、不吉なんだわっ」
「もうダメだ、この国はっ! 無実の罪で投獄されたイザベルは、死を見ずに天に登ったと言われている。そのイザベルを殺そうとした王太子アルディアス様が、神の御加護を受けられるはずがない。遅かれ早かれ、この国は滅亡するっ」
――大混乱の中、王太子アルディアスの葬儀は幕を閉じた。
最後に天のモニターに映し出された聖女ミーアスは、一瞬だけ口角をあげてニヤッと笑った。まるで、国が滅ぶカウントダウンを祝うかのように。
(これが今のこの国の現状、故郷の現実……!)
精霊候補であるイザベルが天から確認出来た地上の様子は、そこで一旦中断された。




