03
ミーティングがひと段落すると長老の秘書役であるメイドのラズが、イザベル達を次なる部屋へと案内してくれるという。
「では、これより祈りの場へと通じるワープルームへとご案内致します」
「ワープルーム? 祈りの場へは、徒歩か馬車で通うのではないのね」
「はい。我々精霊にとっても祈りの場はとても重要な聖域のため、物理的な移動方法では辿り着けないように出来ているのです。特にイザベル様のような候補生の場合、正式な精霊として認定されるまでは、長老の邸宅に設置された魔法陣を使用して頂きます」
つまりイザベルは残りの精霊候補期間も毎日、この長老宅に通いながら本来の勤務先である祈りの場へと向かうことになる。廊下に掛けられた絵画をスライドさせると、地下へと繋がる階段が現れた。
「わわっ! 隠し通路に秘密の地下室なんて、なんだかそれっぽいねっ。イザベル」
初めて隠し通路を使うのか、お目付役の妖精リリアがはしゃぎながら、ふわふわと地下へ低空飛行する。落ち着きはないものの妖精特有の青い光が蛍のように輝き、灯り代わりになって便利である。
「そ、そうね。あっリリア、慌てて飛んじゃ駄目よ」
「リリア、もう少し落ち着きを持ちたまえ。まったく、これじゃあイザベルと立場が逆だよ」
苦笑いするティエールだが、明るいリリアのおかげでイザベルのプレッシャーが減っていることに安堵しているのも事実だ。長老が友好的なムードメーカーの妖精リリアをイザベルのお目付役に選んだ理由が、何となく分かった気がした。
松明の灯りと妖精の光を頼りに、コツコツと靴音を響かせながら階段を降りると……シャンデリアが豪華な広間があり、床には煌々と光り輝く魔法陣がいくつかあった。
「一番右側の魔法陣が、祈りの場に繋がるものです」
他の魔法陣も何処かしらの聖域に繋がっているのだろうが、ラズからもティエールからも特にこれといった説明はなかった。イザベルは他の魔法陣への好奇心も生まれていたが、そこは気持ちを抑えて今は祈りの場へのワープに集中する。
すると直属上司となる婚約者のティエールが、イザベルに念を押すように助言。
「祈りの場は神聖な空間だから、私的な会話は禁物だよ。何があっても大きな声を出したり、慌てたりしないように。さて……地上の様子に目を向ける準備はいいかい、イザベル」
つまり現在の地上ではイザベルが思わず、慌ててしまうような異変が起きていることが想定された。
(私が牢に閉じ込められた時には、既にあの国は荒れ始めていたと考えた方がいい。聖女ミーアスはまるで悪魔に取り憑かれたように狂っていたし、王太子アルディアスも人の心を喪ってしまったように冷酷だったわ。あの後、何が起きてもおかしくない)
何となく嫌な予感を感じながら、イザベルは頷いて決意を伝える。
「えぇ……精霊の視点で地上を見るのはちょっとだけ勇気がいるけれど、慣れていかなくてはいけないもの。例え故郷が、私の想像しているものとは違う状態になっていても、私情を入れず精霊候補として頑張るわ」
「よし、その言葉……決して忘れないように。ではこの魔法陣の上に立って。ワープ呪文を唱えて転送魔法を発動するから……」
神の移動方法は人間のように乗り物を使うよりも、移動用の魔法陣を介してワープするのが一般的のようだ。初めて祈りの場に向かうイザベルは、緊張しながらもティエールの指示に従い、魔法陣の中心部で身を任せる。
(床に描かれた魔法陣が煌めいて、身体中を取り巻いていく。これが瞬間移動魔法なの、初めて精霊界にきた時のワープよりも強力でなんだか変な感覚だわ)
シュッ……と音を立てて、魔法陣の上に立っていたはずのイザベル達の姿が消えた。
魔法陣が発動した瞬間、イザベル、ティエール、リリアの身体は光の粒に変容して、異なる異空間へと転送されたのだ。
「初任務、どうかご無事で……引き返すことの出来ない試練だとしても。真の聖女たる系譜を継ぐイザベル様なら、きっと成し遂げるでしょう。この世界の分岐点に現れた新たな精霊神として。聖域での活躍、ご期待しております」
無事に移動魔法が発動したのを確認して、ラズは広間から立ち去った。
聖域に足を踏み入れるということは即ち、イザベルが『人間には戻らず精霊として生きる道を歩み出した』ことを意味している。
――生命の樹たる菩提樹に、イザベルという名の新たな若葉が芽生えようしていた。




