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人間であるイザベルが精霊候補となった初日の夜、彼女の婚約者ティエールの曾祖父であり、長老であるオリヴァードは窓を眺めてゆっくりとため息をついた。
(なぜ、あの娘は……イザベルは亡き妻に似ているのか。まったく、因果とはよく言ったものよ。曾孫のティエールと幸せになってくれると良いのだが)
長老宅は住民の生活自治を管理する役場として使われているため、自宅にいながらも休めるのは来客のない夜だけだ。
とはいえ、今日は百年以上ぶりに人間から精霊を迎えた特別な日、イザベルに関する情報に目を通す作業は終わらない。オリヴァードが再びデスクに向かい、新たな書類を確認しようとすると、扉を叩くノック音。
コンコンコン!
メイド兼秘書のラズが、サービングカートに夕食を乗せて運んできたようだ。
「失礼します、本日もお疲れ様でしたオリヴァード長老。遅めの夕食になりますが、四季野菜のポトフとラザニアをお持ちしました」
「ラズ、今日も給仕ご苦労。あいにくですがこの書類が片付くまで、すぐには食事にありつけそうもないんだ。食事はサービングカートに乗せたままでいいから、下がっていいよ」
オリヴァードとて、作り立てであろう四季野菜のポトフとラザニアをすぐにでも食べたい気持ちはあるが、仕事が終わらないことにはのんびり出来ないのだ。
「お言葉ですがオリヴァード長老、まだお仕事をされるのですか。少しお休みになられては如何でしょう? お身体に触りますよ」
若いメイドのラズは、年の頃は今日精霊候補になったイザベルと同じくらいの十八歳。ラズは菩提樹の精霊である長老一族と遠縁となる植物系の精霊で、果実がなる植物を生命の依代としているせいか健康管理に煩い。そして見た目の若さに反して、実のところ老齢の長老オリヴァードの身を心の底から案じているようにも感じた。
「はぁ……それもそうだね、分かった。有り難くポトフとラザニアで夕食としよう」
「ふふっ。本日のポトフは精霊農園で採れた四季の野菜たっぷりで食べやすく、オリヴァード長老にもぴったりですわ!」
自分の曾孫くらいの娘に心配されて、仕方なく休む気になるオリヴァード。目の前には、四季の野菜が常に収穫可能な精霊界ならではの贅沢なポトフ。大きめトマトやキノコ、パプリカ、じゃがいもや玉ねぎをふんだんに使ったポトフはホクッとしていて、先に眠りについてしまった亡き妻が好きな味だったことを思い出す。
「四季野菜のポトフは、妻がよく作ってくれた思い出の味だ。妻が木の精霊を卒業し土にかえってから、もう二十年も経つのか。ティエールが結婚相手を連れてくる年頃になるわけだ」
「オリヴァード長老……」
「いや、すまないね。とても美味い、うむ。しかし駄目だな、歳を取ると感傷に浸る時間が増えてしまう。うん、ラザニアもコクがあって、バランスが良い」
そういう因果なのか、曾孫ティエールと婚約するイザベルという娘が、自分の亡き妻と瓜二つであることも再び思い起こされた。そろそろ精霊神の長老という立場を引退し、世代交代を検討する時期が来ていると、長老自ら感じ取っていた。




