076 天下へ大号令
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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076 天下へ大号令
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大永七年一月一日。(一五二三年)
今年は上洛する。そして天下に号令する。
嫡子五郎が二条様の姫と婚約するのも今年だ。京の都で婚約できるように速やかに畿内を安定させたいが、さてどうなることやら。
五郎の後は一郎の相手も見つけないとな。一郎は成人したら上杉家を継ぐことになる。本来は上野を与えてやりたいところだが、一郎には西を抑えてもらいたい。
「やはり摂津と丹波だよな……」
摂津なら瀬戸内と四国を抑えられる場所だ。石高は四〇万石ないくらいか?
丹波は山城(京の都がある国)の横で堅牢な場所だ。摂津に比べると石高は少なめだが、それでも二五万石くらいはあるだろう。
四国にも誰か入れたいし、山陽と山陰、それに九州にも入れたい。一族は多いほうがいい。子供たちには悪いが、あっちこっちに配置させてもらおう。
子供たちの結婚や領地の前に傅役を決めないといけない。今も近衛殿や上杉殿、そして母上からやいのやいのと言われる。
そんなことを考えながら歩き、母上の部屋に入った。上座に座り、母上に挨拶する。
「母上。新年、明けましておめでとうございます」
「はい、おめでとうざいます。信虎殿」
「皆も、おめでとう」
「「「おめでとうございます」」」
妻たちと子供たちも勢ぞろいだ。家族の顔を眺めて俺は頷く。バランスの良い食事を心がけていることから、家族の顔色は良い。それに、子供たちに乳を与える乳母たちの食事も管理されている。
俺の家臣には酒の飲みすぎに気をつけて、野菜、魚、肉、米をバランスよく食べるように命じている。バランスの良い食事は体の基礎を作り、運動することで強靭な体を作る。運動は剣や槍の稽古をすれば、いくらでもできる。
行軍するだけで一日に何キロも歩くし、馬に乗っているだけで体幹がかなり鍛えられる。
「今年は弥生(三月)には上洛することになるだろう。長く留守にするが、母上と皆で家を護ってくれ」
そう言うと、皆が頭を下げて応えた。
「また、五郎は二条様の姫と婚約することになる。近衛殿は準備を怠らないように頼むぞ」
「はい。承知いたしております」
「うむ。母上もよろしくお願いいたします」
「五郎殿の晴れ舞台です。武田の名に恥じぬものを用意させています」
こういうものは女性に任せるのが一番。俺だと現金を出せばいいかと、野暮ったいことを考えてしまう。
それに近衛殿を始め、公家の姫がここには多い。上手くやってくれるだろう。
この日は家族たちと触れ合い、一日心を休めた。
大永七年一月三日。(一五二三年)
叔父の武田縄信と第四軍団の軍団長海野棟綱と副軍団長北条高定は京の都の治安維持を行っている。
近江の高島に入れた諏訪頼満の第六軍団、同じく近江の甲賀に入れた金丸筑前守の第七軍団も治安維持のために新年も警戒を行っている。
叔父松尾信賢と弟の武田信房、伊勢長綱、穴山信風、浪岡具永なども京の都に入って、公家との折衝を行っている。
その他の者で主だったものが新年の挨拶のため、ここ小田原城に登城してきている。
「今年もよく集まってくれた。皆の顔が見れて嬉しいぞ」
いつも同じことを言うのは芸がない。ちょっと挨拶の言葉を変えてみた。
「我らも殿のご尊顔を拝し、嬉しく思っております」
板垣信泰がよく通る声で応えて来る。歌手のような良い声ではないが、戦場ではそんなものは不要だ。信泰の声は喧騒の中でも遠くに聞こえるよい声だ。
「殿におかれましては、ご健勝のこととお慶び申しあげます」
次は次郎信友だ。羽前をよく治めている。最近は顔が凛々しくなった。責任感が次郎を成長させているようだ。
越中の武田信守など一門衆の挨拶を受け、次は評定衆だ。
裁判方の栗原昌種、財務方の秋山信任、開拓方の青木信種、生産方の楠浦昌勝、兵糧方の小畠虎盛、普請方の長野憲業、軍略方の真田頼昌、鉄砲方の春日大隅などの挨拶が行われ、さらに各軍団長の挨拶だ。
昨年末に四軍団を増やして全部で一一軍団にした。
また、第三軍団の甘利宗信が東北に領地を得たことで、隠居して息子の甘利虎泰が家を継いだ。
甘利宗信は得たばかりの領地を安定させるため、雪深い羽後に留まっている。甘利宗信が羽後に居ることで、東北が引き締まる。ありがたいことだ。
家督を継いだ甘利虎泰は、俺の直営軍に所属している。さすがにまだ軍団長や副軍団長を任せるには経験不足だが、いずれは軍団長を任せたい。
「皆も理解しているだろうが、今年は武田家の今後を占う年になる。俺が天下に号令する以外に、日ノ本に蔓延る戦乱は収まらぬ。よって俺が天下に号令する。もしこれに不満があるのなら、今すぐ自国に帰るがよい」
静まり返り、吹き荒れる寒風が建具を叩く音しか聞こえない。
「何を今さら! 我らは武田と共にあり!」
「応っ! 武田と共にあり!」
板垣信泰に続き、横田高松が怒鳴った。それが家臣たちに伝播して「武田と共にあり」の大合唱になる。
俺が家督を継ぐ以前からの家臣が皆を引っ張ってくれる。こんなに嬉しいことはない。
「皆の者! 準備を怠るな! 我が武田が天下を掴む! 戦乱の世を収めるのだ!」
「「「応っ!」」」
皆が拳を突き上げ、気合を入れる。家臣のモチベーションを上げて維持するのは大変だ。政治家のように詭弁を弄するだけでは、家臣たちがいつか騙されていることに気づく。だからやれることを大げさに煽る。
大永七年二月一五日。(一五二三年)
あと半月もすれば軍を率いて上洛だ。そのための準備に莫大な費用がかかる。米を買い集め、鎧や剣、槍、弓矢、鉄砲と弾薬を揃え、軍馬を養い、道路を整備する。
道路の整備はかなり進んだ。江戸時代に東海道と中山道と言われた道は、整備が終わった。今は日光街道から奥州街道の整備を進めているが、上洛に多くの兵士を動員することから進みは遅くなるだろう。
進軍は東海道と中山道の二方向から行う。俺は東海道から進む。
道中の駿河、遠江、三河、尾張、北勢、伊賀、近江は全て武田の支配下。東海から北も全て武田の支配下。見落としはないか? ないはずだ。
あっても致命傷じゃなければいいが、致命傷だと気づいた時は遅い。大丈夫だ、準備は万端。手抜かりはない。やることもやった。あとは天下を食らうだけだ。
「真田頼昌、伊勢氏綱、教来石信保、西村正利」
「「「「はっ」」」」
軍略方の面々をゆっくり見ていく。
「長尾景長、織田信定、板垣信方」
「「「はっ」」」
相談役の面々も見ていく。
「正念場だぞ」
にやりとする七人。
「天下に号令をかけた時、敵対する勢力は確実に潰す。従う者だけが家を保つ。畿内は一気に決着をつける。よいな」
「承知してございます」
板垣信方が代表して応えた。皆の表情が引き締まる。
畿内にはまだ俺に従っていない勢力が多い。紀伊と河内には畠山、伊勢には北畠、和泉と摂津には三好、大和には興福寺、丹波には細川、そして一向宗も居る。
さらに若狭には武田、丹後には一色、但馬には山名が控えている。若狭武田はどう出るか? 同じ武田氏として俺に従うか、それとも反抗するか。どちらでも構わないが、中途半端は許さない。
京の都の周辺には、俺と敵対すると思われる勢力がこれだけいる。
畿内とその周辺は家臣を配置したい。朝廷を守るためには、周囲を武田で固めたい。
ちなみに畿内というのは、山城、大和、河内、和泉、摂津の五カ国を差すが、紀伊や丹波などを入れてもいいだろう。現代では京都府の中に山城や丹波、丹後も入っているし。
大永七年二月二五日。(一五二三年)
続々と家臣たちが集まっている。家臣たちも今回の上洛で武功を立てて家を大きくしたいのだ。まずは畿内、その後は山陽、山陰、四国、九州だ。どの家がどれだけ大きくなるか。それとも滅ぶのか。
特に陸奥や出羽出身の家を小さくしてしまった勢力は、ここで巻き返しを図りたいところだろう。
伊達、安東、葛西、相馬、斯波などの家々は領地なしだから、気合を入れて武将を出している。東ではもう土地を得ることはないだろうが、西ならまだ盗り放題だと思っているのだろう。実際にその通りだ。
俺に従う大名国人ばかりではない。抗う者は必ず現れる。それらを潰して家臣たちが大きくなればいい。あと数年から十数年で俺は日本を統一する。戦いのない世になるのだから、それまでしか家を大きくすることはできなくなる。
「兵糧の準備は滞りなく」
小畠虎盛が分厚い紙の束を差し出してくる。
どこでどれだけの米を買い入れたのか、どこにどれだけの米を備蓄しているのか、そういった資料だ。
「軍資金も問題ありません」
秋山信任も分厚い紙の束を差し出してくる。
京の都への補給拠点は、美濃の稲葉山城だ。あそこは難攻不落とは言わないがかなり高い防御力の城だから米と銭を多く運び込んでいるし、予備兵も一万を入れる。
「月が変わったら発つ。後のことは栗原昌種、秋山信任、小畠虎盛に任せる。三名の判断で対処を行ってくれ」
今回は佐竹も共に出陣するから、関東に不安はない。陸奥と出羽はさすがに何かあるかもしれないが、軍団を全部連れていくわけではない。その時は甘利宗信やこの三人が対処してくれる。俺は安心して西に目を向けられるというものだ。
越中には武田信守が居るから加賀の一向宗に動きがあったら対処するだろう。
越前の朝倉は一向宗と若狭武田に睨みをきかせるため動かない。若狭武田は亀王丸上洛などで銭を使い、色々無理をした。それらを考えると朝倉だけで問題ないが、近江の高島には軍団が配置されているから大丈夫だ。
一色や山名を始め、山陽、山陰、四国の勢力にはすでに調略を進めている。内応を約束した者もそれなりに多い。俺は足を掬われないように、用心と警戒をしていれば勝手に天下が転がり込んで来るはずだ。
細工は流流仕上げを御覧じろ。
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