075 将軍逝く
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075 将軍逝く
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大永六年九月二〇日。(一五二二年)
奥州と羽州の仕置きがほぼ終わった。甘利宗信を羽後に入れたことで、陸奥、陸中、羽後は安定した。
次郎信友を羽前に入れたことで、羽前と陸前も安定した。
叔父縄信を岩代に入れたことで岩代と磐城が安定した。現在の岩代は叔父縄信に代わって息子信盛が差配している。その弟の信行も最近はよい面構えになってきた。
後は何がある……? そうだ、あいつだ。
「十郎兵衛を呼べ」
「はっ」
俺は横田高松を呼んだ。あいつは、領地ではなく銭で禄を与えている。そのほうが気楽だと言うのだが、そろそろ本気で領地を持たせたい。
「殿、戦ですか!?」
「お前を呼んだら戦なのかよ……」
まったく困ったものだ。だが、十郎兵衛は幼い頃の俺に仕えて、これまで苦楽を共にしてきた奴だ。報いてやりたい。
「十郎兵衛。お前、領地を治めろ」
「面倒ですな」
「バカ者。お前が良くても、お前の妻や子供が可哀想だろ」
「むぅ……さすれば、いつでも殿のそばに馳せ参じられるように、殿のお膝元に領地を賜りたい」
「領地は家臣に任せれば良いだろう。優秀な者をつけてやる。お前は俺のそばにおればいい」
「感謝いたします」
十郎兵衛には五万石くらいの領地をと考え、遠江の榛原郡を与えることにした。
細かいことは長尾景長と織田信定に任せて、久しぶりに十郎兵衛と板垣信方を連れて城下に出ることにした。景長はぶつぶつ言っていたが、土産を買ってきてやれば機嫌も良くなるだろう。
「かなりの賑わいだな」
「これも殿の治世が安定しているおかげにございます」
「信方がそのような世辞を言うとは、めずらしいな。槍でも降らねば良いが」
十郎兵衛が団子屋に入ろうと言うので、団子を頼んだ。三色団子と草団子が茶と一緒に出てくる。この茶は静岡で栽培している緑茶だ。
「いい香りだ」
「このような茶屋でさえ、出がらしではない茶が出ます。殿の治世が良いからです」
「さっきから何が言いたいんだ、信方」
「殿が天下人になれば、この日ノ本の国は誰もが笑って暮らせる国となりましょう」
「うむ。そうなるように、精進しなければならないな」
「おーい、団子のお代わりだ。面倒だから一〇本持ってこーい」
十郎兵衛の気の抜けた声に、俺と信方は苦笑する。だが、場の空気を読まない十郎兵衛が俺は好きだ。
小田原浅間神社に詣でて、今度の上洛が成功するように祈願する。浅間神社に分社してもらって、この小田原に神社を築いた。武田の守護神として、武田の一門が治める土地にはその分社を置くことにしている。
「信方、十郎兵衛。次は上洛ぞ。そこで武田が天下に号令する。気合を入れろよ」
「殿の悲願は、この信方の悲願。必ずや武田に天下を」
「戦なら任せてくださいよ」
十郎兵衛は相変わらずだなと思いながらも、心が軽くなる。
▽▽▽
大永六年一二月八日。(一五二二年)
今年も子供が生まれた。七男の七郎だ。これで七男三女、子だくさんすぎて自分のことながら種馬かと思ってしまう。
京の都の状況は悪くない。どの勢力も今のところは大人しい。もっとも、将軍職が空位なので号令をかける奴がいない。管領は将軍がいなければ意味がない。将軍が居なければ、幕府もへったくれもない。将軍がいてこその守護職であり、管領であり、幕府なのだから。
管領細川高国は亀王丸を連れて石山御坊に逃げた。叔父縄信が石山御坊に引き渡しを要求したが、無視されている。いずれ白黒つける。それまでは好きにさせておく。むしろ好きにさせておいて、俺の敵を集めてくれたほうが調べる面倒がなくていい。
あそこには織田大和守も居る。皆殺しにしても俺の心は痛まない。
摂津と丹波はまだ高国の勢力圏だ。この二カ国の石高を合わせれば五〇万石以上になる。上洛したら、摂津と丹波に侵攻することになると思う。京の都のすぐそばに、敵の勢力があるのは公家や帝も不安だろう。
それに石山御坊と堺の商人、こいつらを放置する気はない。そろそろ一向宗を完全に潰そう。降伏して武田の支配を受け入れれば残すが、それも次が最後通牒になるだろう。
話は変わるが、九州のことだ。肝付兼続が大隅と薩摩を完全に掌握した。肝付兼続は日向に目を向けて、伊東家の家臣に調略の手を伸ばしている。
肝付兼続はかなりのやり手だ。一〇歳やそこらで二カ国を支配し、さらに領地を増やそうというのは凡夫にできることではない。
俺のように前世の記憶があれば別だが、それもなさそうなので本物の天才だと思えて仕方がない。
俺がこの世界の歴史を変えたせいで、突然変異のような天才が現れたのかもしれない。こういった人物が他にも現れる可能性は十分にある。
俺が知っている歴史とは、大きく変わってしまった。それをしたのは俺だ。自分で自分の首を絞めているのかもしれない。
そう考えると、思わず吹き出してしまう。
「誰と戦い、誰と手を組むか。これからも多くの人物と出逢い、別れるだろう。その時に、俺は最善の選択が出来るだろうか……」
出来る出来ないではないな。俺の選択が正しい。そう信じて邁進しよう。
さて、次は大内だ。安芸国西条の鏡山城で大内は尼子に負けた。安芸武田も尼子側としてこの戦いに参戦し、奮戦したと聞いている。この戦には毛利も尼子側として参戦していた。
大内はかなり大敗だったらしい。しかし、この時代に大内がそんな大敗をしただろうかと記憶を探るが、さすがに思い出せない。いくら前世の記憶があっても、なんでもかんでも知っているわけではない。
毛利元就は甥で毛利家当主の毛利幸松丸を補佐している。幸松丸は若くして亡くなる予定だが、それは元就が毒殺したからかもしれない。可哀想だが、あと一、二年の命だろう。
尼子経久は今回の戦いで、出雲、石見、そして安芸に地盤を築いた。そのうち伯耆にも手を伸ばすだろうが、大内もこれを黙って見ているはずがない。これから中国地方は大内と尼子の二強の覇権争いが激化することになる。
そんな中で安芸武田を残そうと思うと、尼子を支援するべきか。いや、ここは元就と手を結ぶべきかもしれない。
幸松丸亡き後、元就が毛利家の家督を継ぐ。今ならそこまで大きな野望を持ってないかもしれない。今のうちに協力体制を築いて、毛利と良い関係になっておくのもいいかもしれない。そうなると邪魔なのが安芸武田だ。
先代の武田元繁が死んだ原因が毛利だからな。今回の戦いでは同じ尼子勢として戦ったが、簡単に毛利との和議は受け入れないだろう。
下手に安芸国内で勢力争いをしているから、お互いに憎しみ合っているのだ。さて、どうしたものか。
とりあえず、上洛して天下に号令したら、私闘禁止令を発布しよう。それに違反した勢力は、潰す。おそらく大内と尼子は無視して戦うだろう。そこで武田が乗り込んで、両家を潰す。
あとは、そういった戦いに毛利がどう絡んでくるかだな。武田につくか、それともこのまま尼子につくか。どうせ尼子と大内の間を行ったり来たりするんだから、俺についてしまえばいいのだ。
両陣営がぶつかりそうになったら、逃げたっていい。領地が奪われたとしても、そんなものはすぐに奪い返してやる。生きていればなんだってできるんだから。
さて、不気味なのは阿波の三好だな。
三好の強みは本拠地が海を隔てた四国にあることと、京の都に比較的近いことだ。阿波は拠点とするには都合の良い場所だ。ただし、石高が少ないのがややマイナス要素か。多分、二〇万石あるかどうかだろう。
そして堺の商人。奴らは今でも三好と切れていない。堺と目と鼻の先に阿波がある以上、切るのは危険だと思っているのだろう。
だが、堺の商人から銭が三好に流れている以上、石高が少なくとも兵馬は養える。
堺の商人にもそれなりの血を流してもらおう。真綿で首を締めるようにじわじわと疲弊させてやるから覚悟しておけよ。
名門畠山も俺には降らないだろうな。根来寺が俺についたことを、かなり怒っていたらしい。だが、根来寺を襲撃すれば、俺に攻める口実を与えることになるから我慢しているようだ。
上洛と同時に根来寺の近海に紀伊水軍と志摩水軍を展開させよう。ついでに淡路を攻めよう。それで瀬戸内への道が開ける。
「年が明けたら上洛だ。全てがこの上洛にかかっている。準備は万端だ。できる。俺ならできる。やるんだ。俺にしかできないことだ」
小田原城の天守から遠く京の都を見つめ、自分に言い聞かせた。
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