062 上総攻め
大永四年四月一〇日。(一五二〇年)
この一月に山城国で農民一揆が発生した。それと同時に三好軍が京に進軍したと報告を受けた。
細川高国は六角を動かし三好と戦ったが、戦いは引き分けといったところらしい。
その際、京の都で両軍がかなり激しく争ったらしく、京の都が戦火に焼かれたそうだ。帝には被害がなくてよかった。しかし、呆れるしかない奴らだ。
足利義稙と幕閣は、この戦いを収めることができなかった。俺が贈った銭は毎日の遊興に使われ、兵馬を養うことをしなかったのだから当然だ。
公家にもそれなりに被害が出ているそうで、三好軍なのか六角軍なのか分からないが、いくつかの公家の姫が攫われたり屋敷が焼かれたりしたそうだ。これに関しては、俺を支持する公家に被害がないので構わない。
俺を支持する公家は、美濃や小田原に下向している。どうしても京に残らなければいけない公家でも、俺を支持している家には兵を置いたし、最悪は関白二条尹房様の屋敷に逃げるように手配している。
だが、思った以上に状況は悪く、二条様の屋敷に押し入ろうとした奴らがいたらしい。さすがに時の関白で兵も多く置いている二条様の屋敷に押し入るようなバカはいないと思っていたが、世の中は俺の想像を越えるバカがいるのだなと、考えを改めることにした。
とは言え、二条様や逃げ込んだ公家に被害はなかったので、胸を撫で下す。
史実なら三好を破るはずだった六角は、実質的に領地が減少しているのによくやったと言うべきだ。引き分けにしただけでも、勝ちに等しいと思う。
細川澄元を擁した三好之長は、足利義稙に管領細川高国を罷免し、細川澄元を管領に復帰させるよう交渉しているそうだ。
もしかしたら、今頃は細川澄元が管領に返り咲いているかもしれない。もし、細川澄元が管領に返り咲いたら、六角はどうするかな? 細川高国の首を差し出すかな? いや、そこまですると角が立つから、比叡山に押し込める感じかな。
さて、今回のことで京の都はまた荒れてしまった。元々荒れてはいたが、俺が銭を落としたので多少は活気を取り戻していたんだがな。
数年はそのまま放置して、公家たちには苦難の日々を送ってもらおう。公家たちが望んだ世なのだから、我慢して受け入れろ。
「殿。京のこと、どうされるのでしょうか?」
長尾景長がにやにやしながら聞いてきた。
今は大評定の最中なんだから、にやにやするなよな。
「どうもしない。陸奥と出羽を併呑するまでは、放置する」
「数年はかかりますが、よろしいので?」
お前もいいと思っているんだろ? その顔を見れば分かるぞ。
「数年だろうと、数十年だろうと待たせておけばいい」
「して、関白様にはどのようなご返事をされますので?」
二条尹房様から上洛してほしいと、手紙がきたのは三日前のことだ。
「答えは変わらぬ。陸奥と出羽が不安定なので、しばらくは上洛できぬと返答する」
その返事を聞いた朝廷が調停しようと動くかもしれないが、そうならないように牽制するように稲葉山城にいる叔父信賢に命じておくとしよう。
ちなみに、「朝廷が調停」はギャグではないからな。けっしてオヤジギャグだと言うんじゃないぞ。
「奥州攻めの準備は順調か?」
「全て順調にございます。五日後には先発隊として海野殿の第四軍団が、白川領に入る予定にございます」
磐城に攻め入るので、磐城攻めのほうがいいか? どうでもいいことか。
準備は信方が指揮している。また、第四軍団は三日前に下野に入ったと聞いている。
今回は佐竹は動かない。動かなくてもいいと言っておいた。まあ、それでも動くかもしれないが、そうなったらそうなったでなんとかなるだろう。
「ならいい。俺は上総攻めに向かう。磐城については第四軍団に任せる。第三軍団と第七軍団、それに伊達と相馬は蘆名を攻めよ。問題ないな?」
仮に伊達と相馬が謀反するとしよう。それが成功して第三軍団と第七軍団を撃退したとなった時、奴らは窮地に陥るだろう。
なぜなら、俺は上総にいるからだ。謀反が成功したとしても、両軍団の兵力は三万から四万。武田の総兵力は二〇万以上なので、すぐに蘆名、伊達、相馬に攻撃をしかけることができる。
「はっ、問題ございませぬ」
上総は真里谷が治めている。この真里谷はちょっと前まで武田と名乗っていたので、覚えている人もいると思う。上総武田は姓を真里谷に変えただけで、体質は変わっていない。
これまでは下総の叔父縄信が抑え込んでいて、小競り合いは何度かあった。他のことを優先していたので、真里谷は叔父縄信に適当にあしらってもらっていたが、今回本腰を入れることにした。
「信定。里見は問題ないな?」
「里見水軍を出すと約束しております」
織田信定に安房の里見を懐柔させていた。里見が真里谷に援軍を送っても構わないが、現時点で俺の麾下に入ったので水軍を使ってやろうと思っている。これで裏切るようなら、完全に叩き潰すつもりだ。
「里見義通、実堯兄弟は、武田海軍との戦いで、大きな被害を出しておりますれば、大人しく従うと申しております」
俺が京にいる間に、安房沖を航海中の武田の船が襲われたことがあった。襲ってきたのが里見水軍だったので、戦列艦を主力とする武田海軍によって安房の湊や里見水軍を潰していった。
叔父縄信が命じて土屋貞綱の第一海軍がやったのだが、里見は泣きを入れてきて義通の息子の義豊を人質に出すと言ってきたそうだ。俺は人質をとらない主義なので、義豊は今でも安房にいる。
里見水軍は土屋にけちょんけちょんにやられたため、水軍というほどの規模は残っていない。それでも多少は動かせる船があるだろうから、それを全部出せと言ってある。
もし、一隻でも残っていたら、それを理由に滅ぼす。俺に帰順しているのに、戦力の出し惜しみなど、絶対に許さない。
「出羽守。真里谷信勝はこちらの動きに気づいているか?」
「奥州攻めのために軍勢を揃えていると思っているようで、自分たちが攻められるとは思ってもいないようにございます」
大きな体をぴくりとも動かさず、口だけを動かす風間出羽守。表情も動かないので、感情がまったく読めない。
「佐竹も真里谷攻めに気づいていないな?」
武田と佐竹は同じ源氏の流れをくむ同族だ。そのため、真里谷と通じている節がある。これは風間出羽守が調べ上げたことだが、佐竹と真里谷の間で何度か文のやり取りが確認できている。
多分、佐竹は真里谷を見捨てると思うが、最悪は考えておくべきだ。
「次郎」
「はっ」
弟の次郎信友の名を呼ぶと、頭を軽く下げて答えた。
三歳年下の信友は、今年数えで二十歳になる。線が細いところはそのままだが、戦を経験しているためか以前のような頼りなさは感じなくなった。
「お前は下総に入って、佐竹を警戒しろ。佐竹が動いたらこれを迎え討て」
「はっ」
「信保。その方に次郎の補佐を命じる」
「承知いたしました」
教来石信保は軍略方なので、俺のことを最も近くで見ている。だから、俺のやり方を分かっているはずだ。
「次郎に言っておく。佐竹は十中八九動かない。だが、気を緩めるでないぞ。何があるか分からぬのが、戦というものだ。息をひそめ、敵がやってきたら飛びかかってその喉笛を噛み切れ」
「はっ。殿のお言葉を、肝に銘じます」
最近の信友は家族でいる時だけは兄上と呼ぶが、公の席では殿と呼ぶようになった。少し寂しいが、これも信友の成長だと喜んでいる。
「皆者! 上総、そして奥州、さらには羽州をも手に入れるぞ!」
「「はっ!」」
俺の言葉に、全員が平伏して応える。
戦はすでに始まっている。慎重に、時に大胆に、敵を呑み込んでいこうと思う。
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