288.料理人案山子の矜持
ここの酒場もメニューは壁掛け型。しかもところどころ壁に直書きされていた。それを見ながら主に柚子と案山子が、他の面子は自分がこれは欲しいというものを横から言っていく。
とんでもない数になったがまあいいだろう。そういえばお腹いっぱいでも食べられるし、食べ過ぎのデバフなどはない。きっと運営に美味しいものをたらふく食べたい勢がいるのだろう。
「乾杯なのじゃ~!」
注文が一段落して、お通しのビールで乾杯だ。お通しのビール。恐ろしい、小人族たち。
2杯目はもうおのおの好きな飲み物を頼むのだが、柚子のテンションが止まらない。
「もう、聖地に住みたいのじゃ……」
「そういった来訪者も増えそう。だけど、宿代割高だったぞ、アランブレやイェーメールの方が断然お得」
「お祭りのあと、ポータルがとれるようになれば行き来はスムーズになるが」
「それもそうじゃのう」
俺はアランブレ拠点から移る気はないけれど、確かにここなら最終的にすべての都市へ通じる飛行船が出そうだ。今はファンルーアのみだけど。
それはそれで便利な土地になるのかもしれない。
「お、あんたら聖地に巡礼に来たのか……来訪者かな?」
「あ、そうです。今回奉納試合があるって聞いて、それも見学できるといいなと思いまして」
「おうおう、そりゃいい。さあ飲め、俺のおごりだ……ってお嬢さんは小人族か」
「そうなのじゃ! こちらの世界に来たときに小人族に変化したのじゃ」
「それは何かの縁だな……ほう、まさか、【蟹座の加護】を持ってるか?」
『おお? 早速【酔い耐性】が?』
「さっき蟹座の神様にいただいたのじゃ」
「それはいい! おい、みんな! 新しき同胞の誕生だ! おい親父! 例のアレ、出してやれ!」
小人族たちがガンガンとジョッキでテーブルを打ち鳴らす。うるさい! これはとんでもなくうるさい!!
そして厨房から銀色をしたジョッキが運ばれてきた。
「これは俺からのプレゼントだ」
そう言ってマッチを擦るとジョッキに火を付けた。
『ちょwww 火事じゃないwww』
『火付くのやばwww』
『柚子殿……認められてしまったでござる』
『これが蟹座の加護?』
「これは俺らの街で作ってる火酒って言うんだ。きっつい酒だがいけるか?」
「もちろんなのじゃ、いただきます!」
火はふっと吹けば消えた。パフォーマンス的な? そしてぐびびっと飲みきってしまう柚子……あかんやろそれはダメだ。火酒って蒸留酒の総称っぽいけど、これたぶんウォッカ。その度数は計り知れない。
「くっっ効くのじゃ~!!」
「いい飲みっぷりだな!」
小人族に背をばしっと叩かれげんこつで合わせて挨拶している。
柚子はここで生きていけるな。
「柚子、お前そんなキツい酒飲んで平気なのか?」
「そーちゃん、加護の力すごいのじゃ。酒のための加護なのじゃっ!!」
多分違うと思うが、柚子が幸せならそれでいいと思う。
「持って帰りたい。売っているお店はどこにあるのじゃろ?」
「ここら辺の酒屋ならどこでもあるさ。だが、店主に『火酒はあるか?』と尋ねなけりゃ出てこない」
「おお、そういった仕組みか。了解したのじゃ!」
合い言葉的なそれか。
「イェーメールにお土産に持って帰るのじゃ~」
「あー、それなら親方に持って帰りたい。柚子さん代わりに買ってくれる?」
「いいぞ~後で行こうぞ」
ドワーフの酒屋はワニ料理が多かったです。蛙ちゃんはなかった。牛系ももちろんあるけど、煮込みと焼きと野菜はほとんどなし! ダメ! 栄養バランス崩壊!!
「料理家としてこれはNGを出したいッ!!」
そう、案山子、パーティーやるときは絶対野菜も出すタイプ。野菜と肉とつまみと野菜とみたいな。何でも食べて欲しいんだって。
「肉と酒! それがあれば俺たちはハッピーだ!」
なぜか一緒のテーブルで飲むことになった小人族のシノールさん。
「お野菜食べてぇッ!」
「旨いつまみになる野菜があれば食べるけどなぁ」
周りの小人族たちが顔を見合わせてうんうんと頷いていた。
これには案山子の料理人魂に火が付いたようだ。
「今食材がないけどッ! 帰るまでに野菜料理持ってくるからッ!」
「酒場に持ち込みOKなの?」
俺が思わず突っ込んだが誰も聞いていない。
「その挑戦受け取った!! 俺らが唸るような酒に合う野菜のつまみがあったら、俺の秘蔵の火酒をお前にやろう」
『いらねーだろwww』
『完全に自分目線じゃないwww』
『俺が好きだからお前も好きだろう的な?』
『きゃーっ! かかちゃん頑張るのじゃーっ!!』
『案山子殿クエスト来たでござるか?』
『来ないッ!』
『クリアした後に出るタイプかもしれぬでござるね』
それぞれ楽しんだ酒場を後にして、次へ移動することにした。
『次は第10都市か』
『今回これで全部の都市の星座がわかるんだな』
『門の向こうには行けなかったけどね~、都市に入るにはぐるりと回るしかないんじゃない? それか飛行船が開通するか』
『ローレンガみたいな謎解きもありそうでござるが、メインストーリーを進めるにはやはり順番でござろう』
そういえばメインストーリーあったね。忘れてたな。
『今回チラ見せして期待を募るのかな』
『私は、小人族のルーツを辿るクエストが出ると思っておる』
『確かにありそうだねッ! エルフクエストッ!」
『獣人のNPCは見たことがないから、今回出会えるのではないかと期待している』
確かに、NPCの獣人見てない!
『獣人はちょっとミステリアス扱いなんだよなぁ。来訪者の獣人には特に思うところはないらしいけどね』
『獣人のアバターで嫌がられたことはないが、本当に獣人のNPCを見ないんだ』
今回出会えるかもしれない。楽しみだ。
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