277.写本の受け渡し
これが日常ですよ。
俺がゲームを始めた頃のような、平和な日常。
ログインして、夕方までは読書。そこからミュス狩りをしてクランメンバーが揃うのを待ち、ハーピー狩りへ。クランメンバー全員分の爪を手に入れなければならない。ハーピー狩りは結構ひりつく狩りなのだ。だいたい朝までそれをやって、俺はまたアンジェリーナさんの元へ。
「そりゃ……金貯まらないよな」
「平常時のこのルーティンを崩す気はない」
「まあ、セツナくんのゲームのやり方だもんね。そこは譲れないわよね」
ピロリの言葉に俺はうんうんと頷く。
今日の服を決めて、クランを後にする。
「こんにちはアンジェリーナさん」
「いらっしゃいセツナくん」
「よ、セツナくん」
眼帯男ことウォルトがそこにはいた。
……俺のいないときに出入り禁止だろうよおおお!
「写本が出来上がったそうよ。それぞれに納入しに行くんだけど、一緒に行こうとお誘いに来たんですって」
「今後は俺の方でどちらも相手をするけど、まあ、初回はよかったら一緒に行かないか? 君が成し遂げた結果を見るのも悪くないだろう?」
言い方がでかいんだよなぁ……。
「こちらのやってることがバレてないか、アランブレの方はちょっと覗いてきてもらえると助かるわ」
「お任せください!」
頼まれちゃったら行くしかない。たとえこの気にくわねぇヤツと一緒だとしても。
「セツナ君は写本師には興味ないのかい?」
「興味はありますけど、修復師の方がいいです」
生産職2つやる人もいるらしいけど、俺はその余裕がなさそうだ。
「修復師より最近は写本師の方が少ないんだよな。セツナ君くらいの読書量があればかなりいい線行くと思うんだが」
「うーん、色々あちこち出歩きたいということもありますし、時間がないと思います」
実は、ステータスウィンドウにちゃっかり写本師も出てきてるんだけどね。
「他に写本師はいらっしゃらないんですか?」
「いることはいるけど、来訪者ではまだいないからね。彼らの学びは貪欲だから、写本師が増えることはいいことだと思ったんだが」
「写本師になるメリットを具体的に提示できないと、かなあ」
生産職って、戦闘職より好きじゃないとやっていられないところがあると思うんだよね。柚子や案山子を見ていてもそう思うし、例の露天商たちを見ても明らかだ。好きでやってる。
写本師になりたいという具体的な目標を持ってる人なんてそういないんだよ。間違いなく。職として認識されていない。
「こんなイケメンの俺に手取り足取り教えてもらえるというメリット」
「俺にとってはまったくメリットになり得ませんね」
デメリットですよ。
「可愛い読書女子いないかなぁ……」
「読書が前提ですか?」
「そうだね、本を読み込む人でないとね。職にするのだから本嫌いでは困る」
それはなおのこと難しいな。
ソーダたちに聞いてみたが、図書館はあくまでクエストのために寄るくらいしかしないという。クエストの中にはこの本を調べろといった指定図書があるという。
そういったところからたまに本好きが現れるらしいが、リアルにある本とはまた違うのだ。どちらかというと図鑑や絵本レベルの文章量が多い。結構長々書かれてるのもあるが、あくまでこの世界のものでしかない。全部がファンタジーな読み物なのだ。
ゲームをしに来ているプレイヤーが、ずっと図書館に入り浸ることはない。
そして間違いなくAI生成。たまに話がおかしいことになる。日本語も危うい。
日本語に関しては、問題の箇所にタッチすると運営へ報告ができる。俺も気付いたときはやっている。すると、後日運営からお礼のメールが入っている。
たぶんそうやって本の完成度を上げているんだろうが、俺だって今起こってる事象に関しての本を読む方が多い。あとは星座とか、職業に関してとか。
アンジェリーナさんがいなかったらここまで本屋に通うことすらしていない。
たとえ知力プラスになることがわかっていたとしても、柚子のようにこまめに隙間時間を見つけて1冊読むなんてことはできたかどうか。
しかしそう考えると、図書館の本も読んだら読んだだけ何かありそうな気はするが。今回ケルムケルサの件で、本を読むことの、調べ物をすることの重要性が知れ渡った。そこから可愛い眼鏡読書女子が生まれるかもしれないが……さてどうだろう。
「スキルが重なっていることも多いんだよ。セツナ君にはオススメなんだがなぁ」
「メリットがまったく見いだせないです」
仕事じゃなけりゃあんたと一緒に歩くのも嫌だよ!!
アンジェリーナさんのそばのイケメンは全排除していきたいのに。
「まあ、今日はよろしく頼むよ、セツナ君。ちなみにアンジェリーナはスパイシーなものが好きだ」
「ふぁっ!?」
にやりと笑うウォルト。
ぐぬぬぬぬ……バレてる。完全にバレている。しかし、スパイシー、スパイシー? カレー?
「こ、香辛料の効いたご飯?」
「香辛料の効いたお菓子だ。甘くても、甘くなくても」
「お菓子……」
頭の中でぐるぐる香辛料を使う菓子を浮かべようとしては失敗する。
俺そこまでよく知らない。
案山子に土下座しよう。
なんなら五体投地。
「こんにちは、セツナ君。ウォルトさん」
「こんにちは!」
挨拶は基本。俺はいつもの図書館受付の男性に元気よく返事をする。彼はにこりと俺に微笑みかけ、少しだけ笑みのトーンを落とした顔をウォルトに向けた。
うん、これは知っているな。空の国でのやりとりを。
入館証を見せて司書長室へご案内。
相手は大人だった。笑顔で受け入れ、新しい本を10冊と、借りていた本10冊を受け取る。
「ああ、素晴らしい出来だね。さすがはウォルトさんだ。次の本はこちらになる」
机の上に準備してあった次のケルムケルサが望む本。それを事前にもらっていたリストと照らし合わせ受け取りが完了した。
「また急ぎで仕上げますね。来月はちょっとホームに戻らないといけないので」
「そうだな、アランブレでも請け負える写本師がいればいいんだが、なにぶん国内のことで手一杯なようでね。さらに言えば、腕は君の方が断然上だ。弟子はとらないのか?」
「ホームには何人かおりますが、まだまだ未熟でこういった大切な本を任せるのは難しい。しかも分業で回していますし」
「セツナ君は写本師になろうとは思わないのかな? 十分資格はありそうだが」
俺は肩をすくめるに留めた。
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