226.お貴族様の蔵書修復
商人さんはこんなに速くと驚きながらも先日の部屋へ通してくれた。棚の中の箱から問題の本を持って、椅子に座るアンジェリーナさんの前に置く。
「さあ、それじゃあ始めましょう。【分解】」
表紙と本文がわかれる。
「まずは本文の方から。ほら、汚れやこすれ、ところどころ紙の破れなんかもあるでしょう?」
「はい」
破れはそこまで酷くない。先日の図書館の本くらいだ。
問題は汚れとこすれ。本文の文字が消えかけていたり、完全に汚れて見えないものまである。
「破れの方から始めましょう。これはこの間やったわね」
アンジェリーナさんの仕事鞄はかなりかっちりとした固い四角い鞄だ。その中にたくさんの瓶や匙、刷毛が入っている。
あの赤と青のメーターが現れる粉と刷毛、匙を取り出した。匙で粉をすくって、刷毛で余分なものを払う。
「【修復】」
綺麗に紙の破れたり剥がれたりした部分が消えた。
「次が問題の汚れね。こすれたのも汚れと同じよ。これにはセツナくんが採ってきてくれたもので調合したこの薬を使うの」
これもまた、俺がやるときにはメーターが出たりするんだろうなぁ。
難易度の高い修復はそのミニゲームが難易度が高くなる仕様とか。怖い怖い。
星屑の砂とホワイトウッドの樹液を混ぜたものは、ベタベタになると思いきや、案外さらっとした粉状になった。少し粒が大きいが。
化粧刷毛のような丸い形の刷毛に、その粒の大きい粉を付けて、汚れの上にポンポンとつっつくようにしていく。すると、汚れが粒の方に移って、本が綺麗に変化していった。すげええ!! こすれていた部分も消えていく。
汚れを取る力が薄れると、刷毛を横に置いてある皿の上で叩いて毛先についている粉を落とした。そして新しくつける。本の上を叩いていくを繰り返す。
本は普通のハードカバーくらいの厚さがあった。辞書までの分厚さはない。
その1ページ1ページを確認し、根気よく汚れを落としていくのだ。
うん、アンジェリーナさんの手元じゃなかったら俺飽きてる。ちなみに、目の端にスキップボタン出てる。
ゲームでこんな風に時間を潰すのが惜しいと考える人が大半だろう。
俺だってアンジェリーナさんじゃなきゃスキップしてるよ!!
結局3時間ぐらい、その細かい仕事は続き、最後のページまで来たところで刷毛を置き、本文を閉じる。
「【修復】」
本が光り、見事完成する。
「お疲れ様です」
「根気のいる仕事でしょう? 飽きちゃった?」
「いえ、見応えがありました!」
アンジェリーナさんがっ!!
この動画は誰にもやらん。
「それじゃあ表紙も綺麗にしましょうか」
ここで出番ですウォーターホースの皮。
皮をなめしてはいたのだが、ウォーターホースって、透明に近いぷるぷるだったんだよ。この本の表紙はえんじ色。表題などには傷は入っていないが、表紙全体的に細かな傷だらけだし、大きな傷もある。
アンジェリーナさんは用意していたウォーターホースの皮をぺたりと、その開いた表紙の上に乗せた。
なんかこれ見たことある。なんだろう。
そう!! 傷パワー○ッド!!
「【定着】」
すると、ぷるぷる皮がぽわんと光り、やがて表紙に吸い込まれていく。その過程でみるみるこすれや傷が綺麗に直っていった。
「うん、いいわね」
本文と表紙を合わせ、以前言っていた。【早回し】と【プレス】を唱える。
見せてもらうと俺のスキルツリーにグレーで表示された。
何かきっかけで今度覚えられるのかな?
「さあ、完成しましたよ」
出来上がった本をテーブルの上に置いたまま、道具を片付けて手袋を外す。
俺も、道具準備しないとっ!!
「大変見事なお手並みでした。貴族の方もご満足されることでしょう」
2人ともニコニコしている。
そこで、俺はちょっと気になったことを聞くことにしました。
「あの、その本をお持ちのお貴族様の名前を教えていただくことはできますか?」
2人がこちらを見て黙っている。
「本のタイトルが、『魔法の重複詠唱について』とありまして……友人が魔法使いとしてかなり一生懸命取り組んでいるんですよ」
どちらかというと酒瓶作りとご飯作りに明け暮れてはいるのだが。
「もちろんこんな本があったとは言いませんが、貴族の、この家門の人が魔法使いとしての先達でもし伝手があるなら色々と教えてもらえるかもしれないといった風に話を持っていこうかなぁ~と。それか、そんな風に紹介しても迷惑にならないか先方に聞いていただいて、ダメと言うならもう2度とその話題は出しません」
商人さんは押し黙ったまま。
だが、ふうと息を吐いた。
「こうやって許可を取ってくるのが君の誠実さの現れなのでしょうが……来訪者は、好奇心が強い。あなたが知らなくともやがては話が回り回って漏れる可能性もありますね。よろしい、私がこの本を引き渡すときに、来訪者の魔法使いを導く気持ちがあるかどうか尋ねるとしましょう。お返事はアンジェリーナさんを通していたします。お断りされたらそれっきり、この本についても秘密でお願いしますね」
「ありがとうございます! もちろん、本については元々話すつもりはありません」
本経由だとバレたらやだしね!!
あとね、俺の【翻訳】さん、結構仕事してたんですよ。アンジェリーナさんの手元から目を離せなかったのはそのせいもある。
見えたんだよね~。【魔術師】てさ……。それが普通に読んだら汚い字で読めないの。わざとか、わざとだろう!! 修復してもミミズ字だったぞ!!
あと、リペア前だったから、文字ぼやぼやしてはっきり読ませてくれないのもずるい!! くっ……直るまで待ってってことで、直ったら読めないやつよ。こんちきである。
修復代金等はまた後日らしく、俺とアンジェリーナさんは早々にお店を出た……ところでまさかの捕まる!
「セツナさん!! いいところにっ!! お願いがあるんですよ~!」
アンジェリーナさんはにこりと笑って俺に手を振った。
うわああん、お店まで一緒に並んで歩いて帰りたかったよおお!!
だが、それ以上にファマルソアンは切羽詰まってて、ちょっと待って、おい、力強すぎるだろエルフぅぅ!! 商人のくせに、前も一気に詰めてきたし、こいつ絶対強いんだってぇ!! きゃーっっっ!!
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次から次へと〜何かが起こるのは主人公補正!!!




