200.新しい生産職
あのときの【ウィンドカッター】、完全に避けたと思っていたが、左手に握った本を切り裂いていた。
貸本屋のルール。
本を無くしたら出入り禁止。
これは、傷つけたり汚したりしても同じことだ。
街の人たちからずいぶんと話しかけられていたが、俺は気もそぞろに適当に受け答えをしてその場を離れた。
いつもは羽根のように軽い貸本屋の扉が、今日は全身を乗せて押さなければならぬほど重い。
カランと鳴るドアベルが断罪の始まりを告げる。
「あら、セツナくん。どうしたの?」
先ほど借りて帰ったばかりの俺に、不思議そうな瞳を向ける。
引きずるように足を動かし、カウンターの前に立った。
「今日は……」
言葉が出てこない。こんな時に、ログアウト警告の通知は来ない。
「今日は、本の弁償に来ました」
そう言ってずっと握りしめていた本をカウンターの上に置く。
アンジェリーナさんの顔を見ることはできなかった。
あまりに長い沈黙の後、アンジェリーナさんがふうとため息を吐いた。
「魔法によるものかしらね……」
「はい」
そしてまた2人の間に重い静寂が降りる。
動いたのはアンジェリーナさんだった。
立ち上がり、カウンター横のスイングドアを開いた。
「入って」
ぽかんと口を開けて俺はアンジェリーナさんと扉を交互に見つめる。
「さあ、早くいらっしゃい」
そうして、初めてカウンターの中、奥の部屋へと通された。
壁には本が一面に並んでいる。表に置ききれないものがこの部屋に詰まっていた。表の店舗部分より広い。
中央にはかなり広いテーブルが置いてあった。
その上に、件の本を広げて座る。
「表紙のみね。中は綺麗なものだわ。少しかすった程度だったのが幸いね」
本をめくり、全体の損傷具合を確認すると、ちょうど真ん中くらいのページを開いて手をかざす。
「【分解】」
くっついていた表紙と本文がくたりとなって分かれた。
丁寧に本文だけを脇に避け、表紙の傷をなぞる。
「このくらいの傷なら全部交換せずに済む。【修復】」
傷部分に、テーブルにあった粉をいくつか振りかけ、スキルを発動すると無残に裂けていた表紙がみるみる元に戻って行く。
その後はまた表紙をつけ、プレスに本を挟み込んだ。
「ここからまた【早回し】してもいいんだけど、スキルばかりも味気ないからね」
そう笑って俺を見上げた。
「セツナくんがトムの誘拐を防ぐために頑張ってくれた話はもう聞いているのよ。普段の本への扱いを知っているから、わざとじゃないのも十分わかってる」
「あ……」
「それで? 感想は?」
「感想?」
「修復師、興味ない?」
《アンジェリーナと師弟関係を結びますか?》
「ありますううううううううううううううううううううう!!!!」
YES! YES! YES! YES! YES! YES!
《修復師になりました》
「結構大変なのよ、修復師のお仕事。【修復】に使う素材集めもあるし」
「頑張ります!」
「主な依頼主は図書館だけど、たまに好事家の持ち物が伝手で話が回ってくることもあるの」
「是非お供させてください!」
「貴重な本の修復は気を遣うわ」
「見学します……」
「少し手先の器用さを上げるために頑張らないとね」
あ、ステータスにもの申された。
筋力少しと器用さ上げか。忘れないようにしよう。
「修復に出される本には、その家門の秘密が書かれていることも多い。口の堅さが重要になる職業でもあるの。まあ、セツナくんなら大丈夫だと思うけど」
「大丈夫です! あ、修復師という職業も内緒ですか?」
「それは別に秘密のものでもなんでもないわ」
ならソーダたちに話してもOKか。
へへっ、自慢する。
「直接戦闘に関わるような仕事ではないけどね」
その言い方に引っかかりを覚えた。
本と言えば、あれだ。
「あ……退魔の書」
ふふふとアンジェリーナさんが笑った。
「うわああ、アップグレードするの、修復師かぁ……」
これぇー……アンジェリーナさんのことどうやって隠し続けるんだよおお。
「はっ!? もしや貸本屋さんはみんな修復師!?」
「そうねえ、全員が全員ではないけれど。イェーメールのオルロは修復師の資格はあるわ。本に接していればどうしても必要になってくるスキルなのよ」
よし、イェーメールの貸本屋を解禁するしかないな。
「まあ今日はもう日が暮れるわ。今度また起きたらいらっしゃい」
「はいっ! よろしくお願いします!」
師弟。
恋人じゃないけど、それでもぐんと距離が近づいた。
わああああいい~~~。
ウキウキでクランハウスに帰った。あ、本借りるの忘れてる。まあいいや。今日のところは残りの時間ミュスちゃんにこの熱い想いをぶつけて楽しもう。
俺の狩り場始まりの平原で、今日は無駄に付与まで付けちゃう。
「ぎょろちゃーん。今日も可愛いね。狩り楽しもう」
ウッキウキで、普段ミュスは西風のダガーで始末するのだが、わざわざ付与した細剣で2匹同時突き刺しやってます。
ぎょろちゃんがぽいっと投げるミュスを俺がぷすっとね。
なかなかに酷い有様。
セツナ:
修復師になったどおおおおおおおおおおおおお!!!!
ピロリ:
修復師?
セツナ:
アンジェリーナさんと師弟関係になったどおおおお!!!
ソーダ:
!? 師弟!? 柚子がガラス工のところでなったみたいな?
柚子:
せっちゃんおめぇー!?
師弟はフレンドチャットみたいなのがあるのじゃ。おめなのじゃー。
案山子:
料理の師匠がたくさんいる俺ッ! 最強!!
師匠、たくさん教えてくれるよ。
八海山:
アンジェリーナさんはフレンドじゃなくて師弟関係を結ぶNPCだったんだな。
だからなかなかフレンドになれなかったのか。
セツナ:
俺は今日、とってもハッピーです。
ちなみにどうやら退魔の書のアップグレードも修復師の仕事らしいですよ。
ソーダ:
おま……とんでもない情報を。それなら各ワールドに修復師必要じゃねーかよ。
どうするんだよ、アンジェリーナさんのこと伏せて伝えらんないだろう。
セツナ:
そこなんだよ……
一応、イェーメールの貸本屋、オルロさんも修復師らしい。
貸本屋と修復師と情報ギルド。3足のわらじ大変。
セツナ:
なので、知らせるとしたらイェーメールの貸本屋かなぁ。
そのうち各地にあるのバレて、アランブレもバレそうだけど、その頃には俺とアンジェリーナさんの仲は強固なものになっていると予想。他のやつらが介入する余地なし!!
ソーダ:
まあ、ずっと隠し通せるとは思えないもんなぁ。
そんなわけで!
目標としていたお話を書くところまで来ることができました〜
長かった!!
200話近かったから、調整しちゃったぜー!!イェーイ!!
こっちはまあ解禁でもいいけど、それでも、読んでないけど感想見ちゃう人にある程度配慮はお願いします。
せっかくなので初のクレクレしてみる!!
いや、もうみんなすごくたくさん評価くれてるけど、区切りってことで、まだの人はぜひ評価ブックマークよろしくお願いします。セツナくんおめでとう評価お待ちしてまーす!




